『初回→雨音part,1』
『前回→雨音part,3』
「そろそろ行かないと」
ため息混じりに彼女は言う。
僕は思った。
まだ一緒にいたい。
「何かこの後あるの?」
帰り支度をしている彼女に問う。
自分がどのような表情で言葉を発したのか、出来れば想像したくはない。
きっと情けない顔だったに違いない。
「何にも」
少し間を開けて、笑顔でも、真顔でもない、自然な表情で彼女は答えた。
先ほどまで帰り支度をしていた手を止め、彼女は再び僕の目を見つめ直す。
この一言にどういった意味があるのだろうか。
予定はないが、僕といるのは苦痛だと感じている。
はたまた、何もないからまだ一緒にいてもいい。
日本語特有のボカした回答に、頭を抱えてしまう。
「あなたは?」
僕がずっと黙っていたからか、彼女から問いを投げられてしまった。
「なにも、ないよ」
途中で言葉がつまづく。
「じゃ、もうちょっと一緒にいよ」
「そうだね」
情けない。
何もかも彼女にリードされっぱなしだ。
それでも彼女は何だか嬉しそうな表情を浮かべている。
「コーヒー、おかわりしない?」
気づけば彼女のカップは空だった。
「うん 店員呼ぶね」
少し残っている自分のコーヒーを飲み干し、再びベルを鳴らす。
遠くでコーヒーカップを拭いていた先ほどの店員は手を止め、コチラへやってくる。
「コーヒーのおかわり頂いてもいいですか?」
「かしこまりました」
この店員は要領が良い人なのだろう。
余分な対応をせず、必要最低限で最高の接客を行うタイプの人物だ。
すぐさま店員はミルクを2つずつ片手に持ち、コーヒーのおかわりを注ぎにきた。
「ごゆっくりどうぞ」
笑顔を見せ、店員は去っていった。
「あの店員さん、私は苦手」
声が聞こえない程度離れたあと、彼女は呟いた。
「なんでも要領よくできて、無駄がない、少なくともここの店員として、人間として完璧
そういうの、私は怖い」
店員の姿を見るわけでもなく、
彼女は遠くを見つめている。
「あなたは? そういう人、どう思う?」
どうと問われても。
率直な感想はそれだ。
一般に理想的な回答は、相手に同調することだが、それを求めているとは思えない。
「僕は、尊敬するよ
羨ましい、そう思う
自分にはあんな要領のよさが無いから」
不器用で、一歩置きたがるのが自分だから。
言葉にこそ出さなかったが、自分の嫌なところは沢山列挙できる気がしてしまう。
「あなたのこと、心配」
彼女の表情は何だか悲しげだ。
「そう、だよね」
自分の声は弱々しく聞こえた。
「うん だから決めた」
決めた。 なにを。
「私と付き合って」
彼女は、雨音は、何者なんだ。