若干美形なオバハンがぶつぶつ。 -2ページ目

若干美形なオバハンがぶつぶつ。

不定期更新。ほとんど日記みたいなもんです。音楽の話題も少々。

貴重な土曜日が、年をとるごとに、通院に消費される。
休んだり遊んだりする暇はない。

1ヶ所で全身診てくれればいいのに、「○○に関しては専門医に診てもらってください」と言われる。

精神科に内科、歯科、皮膚科、整形外科、耳鼻科…

障害者雇用ですら、通院は土曜日にしてくれ、平日の通院で有給使い切ったら欠勤扱いで、という会社がほとんどだ。
ただでさえ、首都圏では通勤に普通に往復3時間以上かかるのにである。

つまり、人権がどうの、とかは建て前でしかないわけで、通院するような病弱な奴は勝手に飢えて死ね、路頭に迷え、過労で死ねというのが資本主義社会の本音なわけであるから、その通りに野垂れ死んでしまうのが、一番楽なんだろうな。

貯金がゼロに近くならないと、飢えたり野外生活にはならないだろうから、過労からの熱中症あたりで倒れるしかなさそう。
「自殺は人間以外の動物には見られない」とか言って自殺の異常性を説く人がいるけど、それはちょっと違うのだ。

弱肉強食の世界に生きる野生動物なら、「天敵から逃げ回るのに疲れた」とかほざいていたら即誰かの餌食になるだけだが、日本においては人間はそんなヘタレでも誰の餌にもならずに生き長らえるのである。

社会性やら道徳性やらを高めたばかりに、「弱肉強食」に徹することができなくなった人間界。しかしそこに生きる人間にも野生の血が流れていて、社会システムそのものが矛盾だらけ。

このめんどくさいジレンマを断ち切るただひとつの方法が自殺なんだろう。

それにしても世界中でこの異常気象。
これが人間の社会活動の結果として引き起こされたものだとするなら、人間は結局今まで何をしてきたのかね?
快適さを求め続けた結果が人類滅亡につながるのなら、私はこんな罰ゲーム社会にざまあみろと言って地球を見捨てたい。

今に生きる、とかカッコいいことを言ってただ刹那に流されてその日を待つだけだ。
薬を出してくれない医者に用はない。

私の浮き沈みの激しい生活には、現実的な解として薬での調整が必要だ。

アナフラニールは死にそうな顔してれば比較的喜んで少量処方してくれる。同時にリチウムが出るときもある。

コンサータも、過眠で寝たきりになったり、後遺症残るくらいのカフェイン中毒になるくらいなら渋々出してくれる。
いや、正確には後遺症残るまで処方してもらえなかった。
「覚醒剤」って呼んでるし。字義的には正しいけど。

しかし、ノルアドレナリンが増えるタイプの薬にはとても否定的。時々処方されるが、いつも少し調子が上向いた辺りで突然減量されて中止されてまた後退してしまう。

躁転や混合状態にしたくないのはわかるし、いずれは自分で意欲を持ち上げるスキルは必要だと思うのもわかる。
しかし、将来に何の希望的観測もない今の私の状況で、標準状態に戻すためのトリガーとしてノルアドレナリンが暫く(3ヶ月位は)必要で、それに必要なのは恐らくサインバルタ。
その3ヶ月で、生活のリズムを作るための活動を続けなければならない。

そのトリガーすら他力本願だの棚ぼただの投げやりだの言われるのなら、もう人間らしい生活は諦めるしかない。

サインバルタ、くれますか?
それとも人間辞めますか?

もうね、寝ても覚めても炭水化物のことばっか考えてる。

とにかく炭水化物がほしい。

しかもできればチーズ味かバター味かキャラメル味かチョコレート味とか豚骨味とかのやつ。

 

こんなことを言うとな、セロトニンが足りてないのならバナナや牛乳、ヨーグルトを摂れ、などとよく言われるが、バナナも牛乳もヨーグルトも嫌い。

臭いし離乳食みたいな食感が許せない。

 

今私にヨウ素液をかけたら絶対紫になると思う(チアノーゼか

食パンのないパン屋みたいなもんだ。
あるいは、少食なのにご飯食べれる店が「いきなりステーキ」しか見当たらない駅とか。

それはさておき、
カジュアル感ゼロ。
敷居高過ぎ。
くだらない話題しかない我々にとって私語厳禁なんて、出禁と変わらんじゃないか。

最近、自称メンヘラの不愉快な男にブチ切れたけど、まさにそのあたりがムカつくんだよ。
自分だってくだらないアニオタ話しかしないくせに他の人が自分の興味ない話すると独り言扱いするような奴や。

思い出しただけで不愉快な男だ。

まあ、それは置いといて。
単にここ数日食欲コントロールが効かなくて胃が痛いだけなんだ。
言いたいのはたったそれだけだ。
胃が痛いだけなんだ。
頑張れば少しは「最近は胃が痛いぐらいで医療機関に行かなくてもガスター10がドラッグストアで気軽に買えて便利~♪」ぐらいのことは書けるけどめんどくさいんだよ。

胃が痛いだけなんだってば。
1行で十分なんだよ。
薬の処方が変わらんかった。。。
これから4週間、どうやって暮らせというんじゃ。。。

まあ、死にはしないだろうけどさ。。
ここ2~3年、主治医の機嫌がよろしくない。
「治ろうとする気力も意志力もない奴は来るな、時間の無駄だ」的なオーラがだんだん強くなっている。
あのクリニックはいつから意識高い系になったんだ?みたいな感じはある。

薬で解決できないことがたくさんあることは重々承知してるが、薬で比較的解決できそうなことを4週間×数回かけて自分で解決する方法を見つけろ、というのも、そうこうしてるうちに人生終わってまうがな。

自分の中では解決方法なんて半分はわかってる。
動くエネルギーがないだけだ。
もう半分は私のブレインがいないってことと、通えるどこかがないことだ。

ノルアドレナリンやらドーパミンやらが枯渇してるとぐるぐる思考になるばっかでまともな思考も決断も行動もできんのよ。健康なときと比べて学びのスピードも100分の1以下になるし。

精神科に17年お世話になってるが全然よくならないしむしろ重症化しておるからに。。
悩みや弱みを人に白状して、それをネタに一層酷くいじめられることかな。

相手を信用して悩みや弱みを白状すると8割ぐらいは余計に失望する結果になる。
例え相手が専門家であっても4割ぐらいはそう。
知恵袋とか見ればみんなもそう思うだろう。
いじめるために好んで私たちに近付いてくるような人も多い。

私やクララさんはそれを知っているから、子供の頃から相談そのものをしない。相談は弱みを握られて自分を不利な立場に追い込むことだと知っているから。相談すると友達をなくすことを知っているから。

あまりに打率が低いものだと知っているから、お金を払って打率のいい人にしか頼まないし、お金を払っても4割はドブに捨てる計算。

残念ながらゴキブリのように、存在そのものが罪とみなされる人間もいるのである。
セロトニンもノルアドレナリンもドーパミンも足りないし、前頭葉とか撮ったことないけどもはやすっかすかだろ。
無気力無感動の極み。覚醒度もだいたいいつも低い。食欲もないし、活動量もとても低い。
万年出来損ないデフォルトモードがエンドレス。
コルチゾールの効きが悪いのではなくぜーんぶ壊れたデフォルトモードに持っていかれる仕組みである。

つーか、治療する意欲さえないのでとりあえず一時的にでも薬と無料でアポイントが途切れない通えるどこかをくださいな。
インヴェガやサインバルタは財布に厳しそうなのでアモキサンかアナフラニールあたりを。いつも効かないエビリファイでも今ならいくらか効くんじゃないかと思ってる。
発達障害や愛着障害の人に「努力アレルギー」の人が多い理由がなんだかわかった気がする。

「努力」という言葉には「熱中」や「一生懸命」というようなワードにはあまり含まれていないニュアンスが含まれているのだ。

それは「ベクトル」だ。
ベクトルは大きさだけではなく、「方向」というものを持っている。

つまり、「熱中」やら「一生懸命」は「大きさ」を単位に持っているけれど、
努力は「ベクトル」なので、成果がでるような「方向性」を持っている。

すると当然、とんちんかんな方向に熱中してしまうと、その「努力」はマイナスになってしまうこともありうるのだ。
しかし発達障害や愛着障害の人は方向音痴な人が多い。
これが、発達障害の人がいくら頑張っても「努力が足りない」「努力したうちに入らない」と言われてしまう一因となっている。

多数派が「努力している自分」が楽しくて自己肯定しやすいのとは裏腹に、方向音痴な人は「頑張るほどなぜか目標が遠ざかる」ので自己肯定できないのである。

だから方向音痴な人はとりあえず「努力」を別の言葉で置き換えてみたら楽になるんじゃないかと。
「過集中」とか「探求」とか「跳躍」とか「行動」とか。

方向性なんて考えるのはきっとそれができるようになってからでいいのだ。
子供になったつもりで方向性を探るのだ。
もちろん見た目が大人なので、子供みたいに誰かが教えてくれることはないけれども。

#毒つぶ


大器晩成、されど器用貧乏。
今の時代、仕事で一番苦労するタイプかも。
人間、退路を絶たれないと易きに流れる。
選択肢が多い分、一心不乱に進めないことは、不器用さよりも致命的。

標準的なIQの持ち主が一番就労に苦労するのはこういう、突き抜けたところもなく、退路も絶たれていなくて腹が決まらないところなのかもしれない。

インターネットのない時代ならそれなりに便利な人でいられたはずかもしれないが。

#毒つぶ