act.5 進行と逆行 3 | もしも君が迷ったなら

もしも君が迷ったなら

思いついた言葉を詩に。思いついたストーリーを小説に。

 その時、手に持っていた鞄が震え始める。優子は慌てて鞄を漁り、携帯電話を取り出した。着信したのはメールで、健太からだった。
「はぁ……」
 よく分からない溜息が漏れる。
 どうして溜息が漏れるのだろう? この携帯電話が鳴るのは、昔から健太だけじゃないか。
 それなのにこんな溜息が漏れるのは、期待してしまうから。
 あの日、翼と番号を交換してから、一日に一度は必ず来る翼のメールを期待してしまうから。
 内容は本当にたわいもないことで、「今日の宿題やった?」とか「明日の授業で当てられそうな教科がある」とか「今日の夕飯はこれだった」とか日常のどうでもいいこと。
 でもそんなたわいもない会話が楽しくて、メールが遅いと不安になってしまう。
 他人が聞けば『そんなことで不安になるなんて……』と思うかもしれない。
 だけど他人との会話が苦手な優子にとっては、メールは唯一、人と繋がれる手段なのだ。
 今までは健太だけだったその相手が一人増えただけ。たったそれだけだけど、優子にとっては大きな出来事。
 ふと我に返り、健太からのメールを開く。
『今日の宿題と英語の予習しよう。勉強道具持っておいで』
 まじめな健太らしい誘いだ。優子は短く『分かった』と打つと、送信ボタンを押した。


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