その時、手に持っていた鞄が震え始める。優子は慌てて鞄を漁り、携帯電話を取り出した。着信したのはメールで、健太からだった。
「はぁ……」
よく分からない溜息が漏れる。
どうして溜息が漏れるのだろう? この携帯電話が鳴るのは、昔から健太だけじゃないか。
それなのにこんな溜息が漏れるのは、期待してしまうから。
あの日、翼と番号を交換してから、一日に一度は必ず来る翼のメールを期待してしまうから。
内容は本当にたわいもないことで、「今日の宿題やった?」とか「明日の授業で当てられそうな教科がある」とか「今日の夕飯はこれだった」とか日常のどうでもいいこと。
でもそんなたわいもない会話が楽しくて、メールが遅いと不安になってしまう。
他人が聞けば『そんなことで不安になるなんて……』と思うかもしれない。
だけど他人との会話が苦手な優子にとっては、メールは唯一、人と繋がれる手段なのだ。
今までは健太だけだったその相手が一人増えただけ。たったそれだけだけど、優子にとっては大きな出来事。
ふと我に返り、健太からのメールを開く。
『今日の宿題と英語の予習しよう。勉強道具持っておいで』
まじめな健太らしい誘いだ。優子は短く『分かった』と打つと、送信ボタンを押した。