まち子の怪しい笑みは鏡腰、聡に向けられている

恥ずかしい、惨めなおかっぱにされた凛香は恥ずかしそうに下を向く

「大丈夫!似合ってるわ・・・」

「パパの大好きな髪形になったし」

 

まち子はクロスを外して頭洗って上げるから

ビニールクロスを凛香に掛けた

緑色のボトルを凛香の頭に流しかけた

冷たい、鼻の付く匂いが凛香を覆う

凛香は瞼を閉じている

まち子は鏡前のブラシで凛香の頭を洗う

「ママ痛い!」まち子は無言で鏡腰に凛香を伺う

 

いいわ「頭前に出して・・・」

鏡下の洗髪台に凛香を頭を倒し入れ、勢い良くシャワーを掛けた

雑に洗い流してリンスを掛け、適当に仕上げた

 

びしょ濡れの頭を起こして、使ったタオルで頭を拭いた

「ちょっと産毛剃らなきゃね・・・」

椅子を後ろに倒した

凛香は「眉残してね・・・」まち子は聞いていない

たっぷりの泡を顔に塗られて、「動いちゃだめよ!」と釘を刺した

素早い手さばきであっという間に顔そりは終わった

ただ、凛香の眉は極細に剃られてしまっていた

剃り跡が青くなるくらい細い

「もう!眉ないし・・・」呟く言葉は聞いていない

 

ほら!見て凛香ちゃん可愛くなったわよ

あなた好みの短いおかっぱ頭と細い眉

聡は平常心を保つのがやっとで、無言で頷いた

 

静香ちゃんどうぞ!

まち子は静香にクロスを掛けて、前回から伸びた刈り上げと

伸びた髪を揃えた

凛香に比べると短いけど普通っぽい

静香はシャンプーも顔剃りもいいわね

「うん!」お家で洗うから・・・先に帰るね

静香だけ先に帰路に着いた

 

次はパパね、どうぞ

聡は言われるまま、椅子に座った

しばらく髪の手入れはしていない、ボサボサに伸びている

「さてと・・・」素早くクロスを巻いて

バリカンを持ち出した

電源の音とともに、後頭部にバリカンが入った

何度も繰り返しバリカンを操るまち子に笑顔はなかった

耳の周りも真っ青に刈られていく

 

ずいぶん前を思い出す

聡は女性理髪師のいる床屋を探すのが好きだった

同じところに通うというよりは、好奇心から新しい床屋を散策

女性理髪師がいるとそこに入るのが好きだった

髪形に拘りはなかった

バリカンで刈られるが好きで、注文は「刈り上げ」だった

まち子と出会ったのも床屋だった

散策をしているとき、新しい床屋が開店準備をしていた

遠くから店内を見回すと女性理髪師は数人、研修をしていた

「女性だけだ・・・」

髪が伸びた頃、その床屋へ足を運んだ

自動販売機でチケットを買い、店員に渡す仕組みになっていた

髪形も「オーダー」ではなく時間短縮のためか、ボードに番号と写真が

貼ってあり、そこから選ぶようだった

ただ、別料金を払えば「オーダー」は出来るシステムだった

聡は別料金を払って「オーダー」形式を選んだ

 

「いらっしゃいませ!どうぞ」貫禄のあるまち子が出迎えた

それが出会いだった

「どのようにしますか?」と丁寧に聞くまち子

聡は「刈り上げで・・・・・」と長い説明をまち子にした

まち子は「かしこまりました!」と言ったが

出来上がりは短い坊ちゃん刈りになっていた

横も後ろも真っ青に刈り上がり、前髪は額の真ん中で真っすぐに揃っている

まち子は聡の後ろから「可愛くて素敵ですね!」と心にもない言葉を囁いた

聡は髪を切られているときも、今も頬を赤らめていた

帰り際に一枚の名刺を差し出された

良かったらこちらにもどうぞ!

そこには「プライベートサロン癒しのまち子」と書かれていた

 

聡はその名刺を素早くしまってお店を後にした

半ば強引に坊ちゃん刈りにされて高揚している自分がそこにいた

 

勇気を振り絞って名刺にある電話番号にかけてみた

メッセージが流れて、言われるまま、書き取った

お店は19時以降か・・・

昼間は大衆理髪店、夜は自分のお店か・・・

勝手な想像でお店のある住所を目指した

そこは飲み屋街の雑居ビル最上階のいちばん奥にあった

「会員以外お断り」と書いてある

扉を引こうとするも開かない

するとガチャと鍵が外され、女性が出迎えた

電話をいただいた方ですね

聡は頷き、お店の中へと入っていった

 

つづく