今日は肝臓の細胞をとる日。

朝からそわそわ。

痛みというものに、あまり抵抗がない私ではあるが、入院して身体を弄られるのは初めての経験であるので、落ち着かない訳で。

昼ご飯は抜きだったので、お腹と背中がくっつきそうになった頃だろうか。

隣の空きベッドに新規顧客らしい物音が。

呂律のまわらない高齢の旦那と付き添いの奥方らしい。

会話の様子から、緊急入院のようで、スリッパと自分が便秘ということで、牛乳を買いにいくとのこと。

その時、

「ぜろこぉら」

と旦那が。

奥方が、

「背中?」

と。

「ぜろこぉら」

「7階?」

「ぜろこぉら!」

「何?わからない!」

「ぜろこぉら、かつて!」

「鍵?」

この先もこんな問答が続き、糖質0のコーラと奥方がわかったのは、しばらくたってからのことだった。

「さんとういつち、かつてこい!」

「サンドウィッチ?何言ってるの、そんなもん!」

「えいやうしつちようで、ころすきか!」

なんていう会話が。

奥方、買い物から戻り、病室の便所を長時間占拠。

困る。

検査前に、出しとかないと、その後3時間は便所にいけないんです。

昨日から同室の屁こきじいさんも右往左往。

なぜなら、尿の量を図っているらしく、病室の便所に袋があるのだから。

奥方が便所に立てこもっている間、旦那に先生が会いにくる。

「ずっとお酒を呑まれてきたようですが、病院内で呑まれたら、すぐに退院してもらいますから。あと、これからお酒をやめると、夜中に暴れたりすることがあらます」

なんと、夜中に暴れるとな。

殴られたりするんだろうか…。

おそろしや。

「ですので、個室に移ってもらいます。このままベッドで移動します」

とのこと。

安心。

聞こえてくることによると、アル中による肝障害らしい。

便秘気味の奥方が便所を出たときには、旦那は既に輸送された後だった。

早速トイレに入る。

…。

流してよ…。

なんで便座にみっこがついてるの…。

センサーに手をかざす方式の水栓だからわかりずらいけどさ。

それはさておき。

アル中の旦那をかかえる老女。

切ないね。

屁こきじいさんにも、面会が。

昨日からの話だと、娘さん。

アルコール焼けおばさんとの会話で、娘が今日来るといっていたし、その後、電話で、通帳もってきて、とか色々電話していた。

不動産処分とか預金の残高とか、そういう話をしている。

不動産会社にも連絡している。

どうやら、病院代の捻出が問題らしい。

深刻そう。

「困った…」

「分かり切っていたことでしょ」

「…」

嗚咽。

「水呑んでいきてくて…」

何があって親子のそういう会話になったのかは知る由もないが、切ない。

16時に検査のはずが、延び延び。

いつだろう。

いつだろう。

いつだろう。

緊張してきた。

ドキドキ。

「凡人さん?」

来た!

「先生がまだ外来で遅くなって、ごめんなさい。もう少し待ってくださいね」

とのこと。

お忙しいのだ。

そわそわ。

ドキドキ。

ワクワク。

どきどき。

「凡人さん?」

来た!

「さっきバイタル計りに来たとき、札みたいの、私、忘れていきませんでした?」

「なかったです」

というか、バイタルってなんだ。

ドキドキのことか。

ドキドキ。

どきどき。

時々、尿意。

ものすごい黄色の尿。

金運アップ間違いなしの色。

「凡人さん?では、移動します」

3度目の正直であった。

処置室とやらに移動。

手術室に連れて行ってもらえるかと思ったが、看護婦さんの事務所の隣の部屋だった。

どんなことされるの。

針が外れたら死ぬ?

大きい音がするってどのくらい?

ちょっと痛いらしいが、どのくらい?

こんなことを考えていると、いやな汗が。

だが、こんな時に唱える私の呪文が。

「戦場で鉄砲玉に当たった人のことを考えれば、大した痛みではない」

ちなみに寒い吹雪の日に外を歩くときは、

「シベリアに抑留された人のことを考えれば、暖かいもんだ」

暑い日には、

「南方でゲリラ戦をしていた人のことを考えれば、涼しいもんだ」

と考えている。

それらの方々がいたご苦労、境遇に比べてば、治療での痛み、北海道の寒さ、暑さなんてたかがしれてる。

それはさておき。

準備万端。

痛み止めが注射される。

麻酔きくまで、しばらくかかるんだろうな。

バチ。

はい、終わりましたとのこと。

拍子抜け。

ものの5分。

車椅子で病室に戻る。

止血のため、横向きに1時間、仰向けに1時間。

その間、色々と考える。

さっきのアル中のおやじ、そして病院代を工面できない屁こきじいさん。

色々考えさせられる。

明日は我が身、いやだったかも。

8年位前、「所詮彼女もいねぇ」から、良いことをすれば、神様が彼女を授けてくれるかもと、献血をしたり、ベルマークを集めてきている訳だが、献血していなかったら、肝臓の数値が異常なんて気付いなかった訳である。

そんなこと知らず、当時のペースで飲み続けてきていたら、今頃、アル中や深刻な肝障害になっていたかも…。

あのじいさんのように。

老後の金の工面。

これも私にとって深刻な問題だ。

往々にして、私は金に無頓着だ。

入れば入っただけ、本代になる。

大学院生の時は、今の月給以上の金額をコンサルの真似事をして、正味6時間ぐらいで稼いでいたが、貯金などという考えもなく、本代と酒代に消えていった。

後悔はないが、これからは気をつけよう。

といいながら、うん十万くらいで欲しい古書が見つかったら、買うんだろうなあ。

大学院時代の学費の借金は最大850万あった訳だが、こつこつ繰り上げ返済したり、業績をあげたということで返済免除されたりして、先月、残額はついに100万を切った。

こちらのケリを早くつけたい。

というか、日本学生支援機構の奨学金は教育ローンと名前を変えた方が良い。

ちなみに、免除や繰り上げなしで全額払っていったら、最大月3万近くを65歳まで払い続けなければなかったらしい。

恐ろしい。

私は大学院にいって結果的に就きたい職業についてるし、国の助成に当たって研究費もらえたし、奨学金も免除していただいているので、良い方かとは思うが、学生向け奨学金の問題とか、人文系の大学院の大衆化と就職難の問題は、なんか考えないとね。

先輩みても、奨学金の借り受け残高1000万円とか、博士号とってコンビニでバイトとかざらだし。

それはさておき。

屁こきじいさん、脈を計りにきた看護婦さんに、

「美人さんだね」

とか言っている。

さっきの嗚咽はどこえやら。

男の悲しい性です。

美人には弱い。

というか、私は人の話を盗み聞きたいのではない。

聞こえるのだ。

しかも、病室での面会は原則できず、ケータイも会話は使用禁止。面会人が病室の便所を使うことも禁止。

みんなルールを守ってくれれば、余計な話も聞こえず、余計な事も考えず、私は読書一筋でいけたものを。

明日はアルコール焼けおばさんが来るらしい。

屁おじさんの自宅に行って、マグカップは持ってくるなと。

明日も娘が来るので、おかしいからとの事。

あと下着もいらないとの事。

また余計な事を聞いてしまった…。

では。