⚫︎4月1日、児童相談センターへ面接予約をとる。

申請に至った経緯や、病院と言語訓練の結果等細かく聞かれました。

⚫︎17日、児童相談センターにて面接が行われました。

面接とは→発達検査&親への聞き取りでした。

先生の正面に座り、出された課題をこなしてゆく娘。

発語する場所は全滅。

〇〇と〇〇を下さい(1つのものしか理解出来ない)

簡単な説明だけではこなせていない。

課題1つがあっという間に終わるので、そのスピードについていけてませんでした。

けれど嫌がる事なく椅子に座り、時には楽しそうにこなせました。

私に「これ見て」と言ってきたりも。

発達検査は田中ビネーだったらしく、結果はすぐに出ました。

新版K式の時と全体の年齢は大体同じ結果でした。

結果、中度の知的障害という事で療育手帳の申請が決まりました。

⚫︎翌日、市役所の福祉課へ行き(娘の写真と印鑑持参)療育手帳の申請をしました。

療育手帳は、知らせが1ヶ月後に届くそうで、知らせを持って再度市役所へ療育手帳を受け取りに行きます。

その際、療育手帳の活用方法を伺うつもりです。

⚫︎別の日に児童相談センターで特別児童扶養手当認定診断書をもらう際の面接があり、診断書をもって市役所へ特別扶養手当の認定請求をしてきました。

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娘の発達が遅い事から始まり、今回発達検査をする事で知的障害がある事に気付きました。

病院で診断が下っても、イマイチぴんときておらず「ただ発達が遅いだけだろう」と思っていました。

自閉症スペクトラムだとやんわりと言われたので私自身、本気にしておらず「かもしれないな」程度に思っていました。

療育手帳申請で発達検査をした事で、知的障害が確定しました。(結果は病院とだいたい同じ)

生活している中で「周りの子とは明らかに違う部分」が多々あり、発語以外にもたくさんの障害を抱えているなぁと感じていました。

将来を考えれば不安になるし、周りにカミングアウトするのもどうするべきかよく分からない。

今はやるべき事をやって生活していくしか方法が無いなと思っています。


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受給者証の申請もそうですが各場所に何度も通い、色んな手続きを行います。

娘を連れて行く事もあります。(連れて行かなければいけない時だけ)

言語訓練や運動施設へ行き

市の個別相談に行き

保育園の送り迎え、家事、育児…

ぐずったり、ワガママ言ったり、体調崩したり、

滲出性中耳炎も1月末からかかっており未だ治っていません。(毎週1回耳鼻科)

私も体調を崩したり(現在膀胱炎中、めまい、怠惰感有り)


それにプラスして娘への対応。

アドバイスをもらったやり方で身支度を頑張ったり

ABAで会話したり

マッサージをしたり

「み・か・ん」「みかんだね」何度も繰り返し一文字ずつ教えたり。

個別相談をしてもらう時に「靴下が履けない」という相談をしました。

前屈みが出来ないので、片手は足を持ちバランスを保とうとしています。

しかし片手では靴下が履けません。

対策として、壁に背中を当てて直角に座らせ

半分靴下を履かせてから最後両手で持たせひっぱる。

壁があるので体が倒れません。

こうゆうような作業を1つ1つ行なっています。

気の遠くなる作業で先生に「こうやって相談してアドバイス頂いて実践していくのですが、こんな大変な事になるとは思っていませんでした。ネガティヴになるとどんどん落ちて行きそうです…」

先生「今頑張ればその分伸びますよ。」

私「はぁ…頑張ります。」

同じ年の子達との差はどんどん開いていくばかりだと思いますが、娘の成長に合わせて療育をやって行きたいと思います。

市の個別相談の先生

保育園の先生

言語訓練の先生

運動施設の先生

全ての先生にお世話になりながら、助けてもらいながら頑張って行きたいです。

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プリンターでぬりえを印刷してと言われます。

インターネットで検索し、娘に選ばせて印刷。

アンパンマン、鯉のぼり、ピングー、何でもあるので助かります^ ^



知的障害だと確定しても、娘は娘。

可愛い事に間違いありません。

元気に産んであげられなくてごめんね。

不自由な体にしてしまってごめんね。とそればかり思います。

不安になったり落ち込んだりしますが、娘の成長を感じた時はぱぁっと明るくなれます。

自閉症スペクトラムといっても症状は様々なので娘と同じ様な子に出会える事は無いのだろうなと思っています。

将来、未来が分かる力が欲しい‼︎