続いてしまいました。


これ書いてる途中で赤の神紋を読み始めました。

ただ今三巻です。

わたし、一字一句飛ばさず読むタイプなんで、ものすっごく遅いんですけども。

また赤の神紋は長く語ろうと思います。

神紋もおっもしろーーーーい!


さてさて。

蜃気楼の続きですが。


40冊の壮大な愛憎劇を魂削って書きあげた

ってところになにはなくとも喝采なんですけど。



その秀逸なラストがもうね。

信者にならずにおれるかって話なんですよ。


全巻が山あり谷ありで走り抜ける蜃気楼なんですが。

最終巻でその疾走がゆるやかになり、後半は終息にむけて一場面一場面が脳裏に焼きつくくらい印象的になっていきます。

最大の山場はなんといといっても中盤の高耶さんの最期だと思うんですが。


この中盤ってところに桑原さんの美意識がつまってて感嘆したんですよね。

主人公が最終巻の中盤で死んでしまうって

絶対ないと思うんですよ。

だって主人公なのに。


だけど、そのことが後々になってものすっごく生きてくる。

誰の心の中にも高耶さんが生きついてしまう。


直江の中にだけじゃなくて、読んでる読者の中に入り込んでしまったような感覚。

最大の怨将信長を倒して、長かった冥界上杉軍の任はひとまず一件落着なんですけど。

闇戦国は終わったわけではない。

これから第二の信長が現れてしまうかもしれない。

死者の魂が今生きてる人々をのっとり、魂が体を自由にのっとりあう世界になっていくかもしれない。

そういう危うい問題を残したまま炎の蜃気楼は幕をおろします。


だけども、その問題はきっと大丈夫。生きている人間はそんなに弱くない。

簡単に死者に食われてしまわない。

そして先人に敬意を払う心を忘れたりしない。

不思議と信じられるんですね。


涙と一緒に、暗いものは流されていくんです。

蜃気楼の全体のテーマは生死だと思うんです。

さいごのさいごに流れる高耶さんの映像。

ああ、桑原さんの一番言いたかった事が集約されている。

こういう作者の言いたかったことが読者に伝わるっていう作品は稀有です。


私の中で、傑作として心に刻むのになんら躊躇ない作品でした。



そして終章の春日山城から海岸までの直江の早朝の一幕は、それだけでも短編かと思うくらいの濃密で深い印象でした。いや、絵画だったかもしれません。

悲しくないし、寂しくない。直江は孤独に感じられなかったし、可哀想でもなかった。

同情もしなかったし、苦しさも感じなかった。

ラスト一行を読んだときに深いため息をついていました。

多分、そうとう前から呼吸止めて読んでたんだと思うんですけど(どこかわからない^^)


39巻まで直江を真実いい男だと思ったことはなかったんですけども。

直江はかっこいいから好きなんではなくて、自分がみじめだ、完璧だと思いたいのに思えない嫉妬心でぎったぎたに焦ってるから好きなのであって、カッコつけてる直江はそんなでもないんですよね。

だけど40巻の直江は心底心底心底!いい男だった。

あんんんんなにいい男だと思ってもみなかった。

やるときゃやる男だった。

ほんとうにかっこよかったです。



ラストが直江の独白で本当によかった。

直江が生き抜いてくれてよかった。

直江に高耶さんが残してくれた言葉がよかった。

40巻読んでよかった。

一字一句飛ばさず読んでよかった。


完結して9年、私が最終巻読んでから6年経っても、なんら変わることなくそう思うことができる本に会えて

良かったです。


40冊。

一気読みいかがでしょう^^