『〇〇した方がいい』『〇〇すべき』など、私もよくつかう言葉ですが、不特定多数に向けて発信する時には考えて使わないといけません。

何かをするには条件が必要な場合があります。

毎日カップ麺やスナック菓子を食べてる人に
【この店の料理は、普通の店とは違う。食べたらわかるから食べて欲しい】といいますか?
普通の店にも行かないのに、比べる対象がないのに。

【自分の思うままに行動しましょう】と殺人鬼にいいますか?言わないでしょう。

「そんなことくらい、言わなくてもわかるでしょう。」と誰でも感じるとは思いますが、それは無責任です。受け取る側の問題だからは、これからの時代通じません。

寒そうな猫を電子レンジに入れ温めようとする。乾燥機で犬を乾かす。ホットコーヒーが熱いからと裁判を起こす。すべて実際にあった話です。

『本能でDNAが求める相手を選んで』という人は自分の親や、未成年の娘が同じことを言ってきたらどうするのでしょう…。
自分で責任を負えれば構わないのならば、16歳の娘が30代後半くらいの男に、明らかにそそのかされていたとしても、男が責任を取るというなら許可しないといけないことになります。

自分は良くて、それ以外の人はダメというのはね。

さて、ようは。
ひとこと足りない。
『〇〇してダメで、〇〇出来るなら〇〇した方がいい』くらい説明がホントは必要なのです。

耳障りのいいキャッチコピーだけが独り歩きすれば、おかしなことになるでしょう。
選ぶ時も、よく考えて。