ツアーバスの事故に思う | ごんたのつれづれ旅日記

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バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

ゴールデンウィーク初日に、悲惨な事故が発生した。

金沢から高岡を経て新宿・東京・TDRに向かっていた夜行ツアーバスが、4月29日未明に、居眠り運転のため関越自動車道の側壁に激突、乗客7名が死亡、14人が重症、24名が軽症を負ったという。

僕の病院の医師の娘さんも乗車していた。
幸い軽症だったそうだが、その先生は、昨日の当直が明けてから、すぐに群馬県の病院に向かった。

新聞の写真を見ると、バスは正面から防音壁の切れ目に突っ込んでいる。防音壁は車体後部まで達し、車体左側は原型をとどめないほどに破壊された。
犠牲者と重傷者の多くが、左側の座席に座っていたという。時速92キロで衝突したらしい。

犠牲者、重傷者ともに、北陸在住の方々だった。楽しみだった首都圏への旅行を、無惨に断ち切られた悲劇に、胸がつまる。
慎んで御冥福を祈りたい。

運転手は居眠りをしてしまったと、警察の事情聴取に答えている。
交代要員は乗っていなかった。
1人で、夜行2泊で、千葉と金沢を往復する勤務。

運転手の勤務体制に無理はなかったのか。
今日、警察と国土交通省が、運行バス事業者に家宅捜索に入った。

最近、格安料金で人気のツアーバス。今回の事故を起こしたツアーも、料金は3500円。
新宿-金沢を結ぶ高速バスが7700円で走っているから、半分以下である。

しかし、交通機関には全て当てはまることだが、料金の格安化は、事業者がいったい、どの経費を削っているのかに注意する必要がある。
バスだけではない。航空機や鉄道も同じである。
運行要員や整備など、運行の安全を支えるコストを削って料金を安くしていることで、大事故につながった前例は、いくらでもあるからだ。

1996年、アメリカで格安航空会社バリュージェットのDC-9が墜落、乗客乗員110名全員が犠牲になった。

原因は、同社の他の旅客機から下ろされた酸素ボンベ144本が、貨物室内で化学反応による高温を発生させ、火災を起こしたためであった。
この装置は航空貨物としては危険物に指定され、空輸するにはFAAから輸送免許を受領する必要があったが、同社は無免許で違法な行為を続けていたらしい。
そのうえ、酸素発生装置を輸送するためには、誤作動を防ぐため、引き金にカバーをつけなければならないが、これも、つけていないものが多かった。
加えて、書類上は空のボンベとなっていたが、実際には充填されたものが残っていたという。

安全にきちんとコストをかけないと、無知でいい加減な仕事がまかり通り、思わぬ危険を生み出す実例とされている事故である。

ひとつ、僕が強調したいのは、ツアーバスと高速路線バスは、全く異なるということ。

高速路線バスは、運行事業者が国土交通省の免許を取得して運行しており、道路運送法に基づく様々な規制を受けている交通機関である。
ダイヤを事前に届け出て、国土交通省から無理な速度違反のないダイヤかどうか審査を受けている。
運転手の勤務体制にも厳しい制限があり、また停留所の有無も問われる。少なくとも起終点には、乗客の安全を図るため、きちんとした専用スペースを要求されているのだ。

僕は、大学での公衆衛生学実習で、高速路線バス乗務員の疲労調査を行なったことがある。
横浜の事業者の協力を得て、横浜と徳山、横浜と大阪を結ぶ夜行バスに同乗し、調査を行なった。
前者は片道900kmを所要13時間、後者は500kmで所要8時間を超える路線であったが、2人の運転手さんたちは、前日から乗務に備えて体調を整え、あしかけ2泊3日の乗務中、すこぶる元気であった。
多発渋滞に引っかかって、徳山からの帰路が3時間遅れたことがあったけれど、それでも余裕であった。

それだけ、バス事業者も、運転手さんに余裕を与えていたわけである。

鉄道や航空機と違って、自動車交通は、進路を逸れても、スピードを出しすぎても、フェイル・セーフとしてのメカニズムが働くわけではない。自動操縦装置もなければ、コンピューター制御システムがあるわけでもない。
安全運行の殆んどが、運転手さんにかかっている。

路線バス事業者の高速バスに乗ってみれば、運行速度は極めて一定で、車線変更の仕方、シフトの操作など、殆どの乗務員が同じような運転をするから、非常に安定感がある。

僕が乗車したJRバスの運転手さんから、実際に路線勤務をする前に、徹底的に教育されると聞いたことがある。
逆に、新規参入の会社では、乗務員によって非常にクセが異なるという話も聞く。

バス事業というものが、運転手さんの技量、負担や疲労のマネージメントに尽きると、老舗の路線バス事業者は知っているのである。

一方で、ツアーバスは、旅行業者がツアーを募集し、委託を受けた貸切バス事業者が走らせているものである。

発着時刻が決まっているから、路線バスのように錯覚しがちであるが、道路運送法の規制を受けていない。ダイヤの事前届出や審査もなく、停留所の設置も、専用スペースが不要とされ、自由である。

だから運行コストがかからない。

もともと貸切バス事業は、利用者数に応じて参入が規制され、免許を受けた事業者だけが行っていた。
しかし、規制緩和の一環として、平成12年2月に道路運送法が改正され、条件を満たせば参入できる許可性になった。
その結果、貸切バス事業者は爆発的に増加し、改正前の2倍、4500近い業者数となっている。
一方で、利用者数は平成17年以降伸び悩み、価格競争が激化。バス1台あたりの売上も、8万円程度から6万4000円程度に減少しているという。

まるで、タクシー業界と同じことが起きているのだ。

まったく、規制緩和で、ホント、何かいいことあったのかな?

ツアー会社は、事業者の苦しい足元を見るかのように、安い貸切料金を吹きかける。
貸切バス事業者は、泣く泣く従うしかない。
発注元の旅行会社が求める運賃や契約内容が原因で、事故や交通違反につながったことがある、と指摘した貸切事業者が、170社近くあるという。
その結果が、人件費や整備費の削減に繋がっていないだろうか?

まして、企画会社と運行バス事業者が異なるツアーバスは、事故が起きた場合の責任の所在が明確にならないこともあるという。

平成19年にも、大阪と長野を結ぶスキーバスが、居眠り運転で27名の死傷者を出す事故を起こしている。
同年には、東名で渋滞にバスが突っ込んで、乗用車の母子をはじめ27名が死傷という事故も起きた。
同20年には青森県で転落事故を起こし26名死傷。
同22年には、中国道でエンジントラブルで立ち往生したところ、トラックに追突されて23名死傷。
同23年には、運転手さんがクモ膜下出血で運転中に死亡し、39名が負傷。
今年になってからも、1月に九州道で自衛隊のトラックと衝突し12名死傷。4月に山陽道でトラックに追突して27名負傷……。

僕にとって忘れられないのは、昭和60年1月28日、日本福祉大学の学生や先生46名を乗せたバスがスキー教室へ向かう途中、午前5時45分、長野市の犀川に架かる大安寺橋の手前のカーブで、ガードレールを破ってダム湖に転落した事故である。
水深4メートル、水温4度という凍りつくような水中で、乗客23名と運転手2名、計25名の命が失われた。

現場は、母の実家の近くであり、僕も慰霊に訪れたことがある。

まだ高速道路がなかった時代。
国道は、大安寺橋に向かって川に沿った下り坂になっており、橋は川に直角に架かっていた。
下り坂を降りてきて、直角にハンドルを切り、橋を渡る。
曲がりそこねたら転落するしかない道路構造だった。

当時は雪が積もり路面も滑りやすく、スピードの出し過ぎが直接の原因であったという。
死亡した運転手さんは、事故当日までの2週間、連続して勤務しており、運行を担当する事業者の責任が問われた。
運輸局は、明らかな過労運転防止違反で輸送安全の確保に手落ちがあったとして、道路運送法43条(免許の取り消し等)に基づき、運行事業者の観光バスの使用停止命令を出したという。

今、大安寺橋は、前後の国道から曲がることなく渡れるよう、広くまっすぐ、川に対して斜めに架け替えられている。
橋のたもとには、ひっそりと慰霊碑が立つ。

バスの安全運行を祈り続けて。

しかし、30年前と今とで、状況は何か好転したのだろうか?

実は、犀川の転落事故を起こしたのは、路線バス事業者だった。
さすがに、その後、路線バス事業者の法令違反は聞かなくなった。

ただ、規制緩和によって、問題は貸切事業者に移ってしまったのだ。

高速路線バスの事故は年に数件程度と聞く。
一方で、ツアーバスを含む貸切バスの事故件数は、年平均450件という。

それも、平成11年までは300件くらいであったものが、規制緩和の平成12年を境に、400件以上に跳ね上がっているのだ。

貸切バス事業者の法令違反が常態化しているとして、平成22年9月に、国土交通省は総務省から、安全確保対策や効果的な監査の実施を勧告されている。
特に、届出運賃を下回る契約運賃や、運転手の労働基準を無視した運行が問題視されたという。
貸切バス運転手の80%近くが、1日あたりの運転時間を違反しているというのだから、驚きだ。

しかし、国土交通省が指導強化に乗り出したのは、今年の3月だったという。

ちなみに、道路運送法に基づく運転手の労働基準は、

1日の拘束時間の上限16時間。
2日を平均して1日の運転時間の上限は9時間。距離の上限は670km

と定めている。

2日間、1日9時間運転する?

それって、凄まじい重労働ではないだろうか?

事故を起こしたバスの運転手さんは、

1日目:21時20分、TDRを出発。
2日目:午前8時前、金沢に到着。運転手さんは8時にホテルにチェックイン。16時30分にホテルをチェックアウトして、22時10分、金沢発・23時20分高岡駅発。
3日目:8時頃TDR着予定

という勤務計画であったという。
ただし、前日までは3日間の休暇をとっている。

TDRと金沢の距離は、片道550km程度。だから、運行基準の範囲内だという。法律違反ではない、という。

でも、片道10~11時間近くかかっている。

しかも、渋滞などで運行が遅れ、1日9時間以上の勤務になったとしても、1人乗務だから交代できない。
休暇でも、寝だめできるわけではないだろうし、3日間の勤務内容は、本当にきつそうに見える。

同じ区間を、高速路線バスは、2人乗務している。
法定ぎりぎりにせず、余裕を持たせて運行しているのだ。
それが、安全と信頼につながるからとわかっているから。

まだ幸いに思えるのは、バス会社社長が、現時点ではきちんと謝罪していること。
「まさか事故が起きるとは思わなかった。運行上の問題はなかったと聞いている。間違っていなくても、適切でなかったから、こういう事故になった」
と、新聞にコメントが載っていた。

ツアーバスの裏事情を知るものとして、安いものには、それなりのリスクがあると危ぶんでいた。
だから、ツアーバスには決して乗ろうとは思わなかった。
だからといって、ほら見たことか、とは絶対に思わない。

この事件をきっかけに、ツアーバスのあり方や、貸切バス事業者を巻き込んだ規制緩和について議論が深まり、バス輸送全体の安全向上につながるよう、切に願うものである。