無鉄砲で怖いもの知らずで、バカばっかりやっていた大学生時代のことです。
同期のA子が失恋しましたので、仲間と相談して、彼女を慰めるためのドライブを企画しました。
真夏の盛りの蒸し暑い夕方、彼女と男3人で大学を出発したのです。
車は、仲間の1人が自宅から乗ってきました。
すると、ドライブは、いきなり、オカルト風味がてんこ盛りになったのです。
誰の趣味だったのでしょうか?
『満月の夜……その朽ち果てた空き家には……』
おどろおどろしい効果音をバックに、怪談の朗読が入ったカセットテープ(時代ですねえ!)を流しながらのドライブです。
途中で日が暮れて、みんなでキャアキャア騒ぎながら、まず向かったのは△△峠でした。
あたしゃ、怖くて、とても実名が出せないんですよねー。
東京の西の方、とだけ言っておきましょうかねえ。
今、振り返っても、やだなやだなやだなぁ……って思ってるんですから。
だって、このブログ読んで、その場所に行って、皆さんに何かが起きたら嫌ですからねー。
あたしゃ、そこまで責任とれないんですよ。
今でも有名な恐怖スポットでなんです、とだけ、言っておきますけどねー
この日のことを思い出すだけで、気分は今でも、いきなり稲川淳二風になるのです。
曲がりくねった山道は、かろうじて舗装はしてあるものの、狭くて荒れていて、行き交う車もほとんどなくて、もちろん照明などもありません。
ヘッドライトが照らし出すのは、鬱蒼と繁る藪や木立ちだけです。
時おり、デコボコにへこんだガードレールが、不気味に白く光ります。
「い!──今!そこを横切ったの、なに?」
「えっ?──見えなかった。動物かなんかじゃないの?」
「でも、なんか光ってたんだけどな……」
なんてこともありましたけど、その峠では、あからさまに怖い出来事に見舞われた訳ではなかったのです。
森閑とした闇に包まれた大自然の懐、というだけでした。
しかし、書籍などで言い伝えられる、その峠での様々な恐怖のエピソードを思い浮かべれば、どんな車窓の変化も怖いモノに見えてしまったのです。
もちろん、誰も、車を降りる勇気はなく、結局、通り過ぎただけでした。
そして、丑三つ時を迎えます。
次に僕らが向かったのは、東京郊外にある霊園です。
そこで、隠れんぼをしようという趣向です。
周囲の山を切り開いて造設された霊園は、サッカー場2~3個分くらいの、広大で平らな敷地でした。
薄くて背の低い石板型をした画一的な墓石が、数百個以上も、ずらりと規則正しく並んでいるのです。
唯一の街灯が淡い光をともす入口で、ジャンケンをして、最初に鬼になったのはB君でした。
「5分で隠れて。そしたら探しに行くからさ」
僕は自分の耳が信じられないほど驚愕しました。
ちょっと!
隠れろって……?
真夜中の墓場に、バラバラに散れってか?──
僕は、勇気をふるって霊園の真ん中あたりまで行き、芝生の上にしゃがみこみました。
とても、隅っこの山ぎわまで行く度胸はありません。
何かが出てくるかもしれませんから。
傍らに立つ、しゃがんだ姿勢と同じくらいの背丈の墓石に、心の中で詫びました。
──無邪気な遊びなんです、許して下さい……。
暗くて、墓碑銘は読めません。
数メートル先すら黒々と溶け込んで見えないくらいの闇が、僕を包み込んでいます。
気持ち悪いくらいに、生暖かく湿っぽい風が吹く夜でした。
雲が、せわしなく月明かりを隠しながら流れていきます。
ざわざわと鳴る木々。
嫌でも五感が研ぎ澄まされます。
すると、ますます周囲の事象が気になってしまう悪循環に陥りました。
特に、聴覚です。
ひたひたひた、と、小走りのような足音が聞こえるような気がしました。
鋭敏になっている神経が、その方向に集中します。
B君か?
でも、複数の足音がしていないか?──
別の方向から、タッタッタッと足音が近づき……現れたのはA子でした。
「捕まっちゃった。あっちの隅っこにいたんだけど──」
隅に隠れるなんて、勇気がありますよね。
「どうすればいいかな?」
「あのトイレんとこで待ってたら?」
墓地の入口近くに、トイレらしい小さな真四角の建物が見えています。
かなり遠くですが、建物の隙間から弱々しい光が漏れていましたから、闇の中に浮かんでいるように見えたのです。
誰か入ったのかな。
さっきは灯ついてなかったと思うけど──。
A子が去ってから間もなく、僕も捕まりました。
B君らしい足音が近づいてきたのには、寸前に気づいたのですけど、もう、逃げるのをやめました。
怖かったのと──催してきていたのと。
だから、捕まってホッとしたのです。
「C君が見つからないんだ」
と、なおも頑張ろうとするB君。
しかし、そのあと、B君がいくら探してもC君は見つからなかったのです。
3人で、霊園の隅々まで探し回ってみたのですが、どこにもC君の姿は見当たりません。
ただ、霊園の片隅の木の枝に、C君愛用のジャケットが引っ掛かっていたのです。
あちこちが破れて、べっとりと赤く染まって──。
などという展開にならなかったのは幸いでした。
C君も、5分後くらいに見つかってしまったようです。
僕は、急いで、入口近くのトイレに向かいました。
真夏だというのにヒンヤリとした空気が澱んでいる、簡素なコンクリート造りのトイレは、真っ暗でした。
A子が、さっきまでついていた明かりを、丁寧にも消してしまったのでしょうか。
入口で電灯のスイッチを探したけど、見つかりません。
切羽つまってきたので、ライターの火をつけて中に入り、天井を見上げた時──。
背筋が凍りました。
思わず、用足しをしないまま、外に飛び出しました。
このトイレには、もともと、電灯など設置されていなかったのです!
じゃあ、さっき見た光は、いったい?──
A子も、戻って来たB君とC君も、呆然としています。
みんな、トイレの隙間から洩れていた灯を見ていたからです。
とても2度目の鬼ごっこをやる気にはならず、4人とも駐車場に歩き出しました。
「お前、最初、俺の方に探しに来たよな?」
「いや、反対からだぜ?」
「じゃ、あの足音は誰だったんだよ?」
などという会話で盛り上がりながら、C君が車のエンジンをかけた瞬間のことです。
『満月の夜……その朽ち果てた空き家には……』
車の内外に響き渡る、大音量の朗読と、おどろおどろしい効果音!
4人とも、数十センチは飛び上がったと思います。
「勘弁しろよぉ!」
「いや、違うって!──ここに来た時は、ラジオを聞いてたじゃん!」
「…………」
僕、よく漏らさなかったと今でも思います。
僕らと一緒に遊んでくれた方々、ごめんなさい。
そして、ありがとう──(ここは、映画『異人達との夏』を思い浮かべて下さいませ)。
近くのファミレスに寄って貰いましたから、かろうじて用足しは間に合いました。
もう1ヶ所、恐怖スポットとして知られる△△城址に寄りましたけれど、そこはパラパラと人がいて、あまり迫力は感じませんでした。
4人とも、もう充分、と思っていたのです。
城址公園を出て駐車場に戻った時のことでした。
「あのう──」
と、見知らぬ男性に呼び止められて、4人ともビクッと振り向きました。
──いきなり背後から話しかけんなよ……驚くじゃんか。
「この車、あなた方のですか?」
「そうですが?」
「すみません、あなた方がいない間に、その車に、ぶつけちゃったんです……」
見れば、C君自慢の愛車が、ちょっぴりへこんでいるではありませんか。
これは、天罰だったのでしょうか?
それでも、数ヵ月後、A子には彼氏ができましたから、大団円だと思うのです。