ニューヨーク点描 第13章 ~ポートオーソリティ・ターミナルの大陸横断長距離高速バス~ | ごんたのつれづれ旅日記

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バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

世界貿易センタービル跡地を訪ねた僕と妻は、その場が醸し出す雰囲気の重々しさに圧倒された気分だった。

ふと我に返れば、2人ともかなりの空腹であった。
混雑で息もつまるようなChurch St.から抜け出して横道へ入ると、喫茶店らしき看板が見えた。
1つは、日本でもお馴染みのスターバックスである。
このようなチェーン店は無難ではあるが、折角ニューヨークまで来て、日本にもあるような店に入るのは勿体ない気分だったし、少し早いのだが、昼食を摂りたい腹具合だった。

通りの反対側に位置していた1軒は、見たことのない看板で、僕らは自然とそちらに向かって歩き出していた。
扉を開けて入ってみると、少し当てがはずれた。
食堂のような店を期待していたのだけれど、入り口付近は、コンビニエンス・ストアのように、飲料やサンドイッチなどがぎっしりと棚いっぱいに並ぶ食料雑貨店だったのだ。
しかし、よく見ると、バイキングのように、温かそうな出来たての総菜などが並ぶコーナーもあり、客が、思い思いに好みの食べ物をトレイに乗せた皿に取っている。
奥には、食事ができるようなテーブルも並んでいる。

妻と2人で迷ったけれども、他の店を探すのも億劫で、結局は、出来合いの総菜とパスタを皿に盛って、2人でつまむという簡単な昼食にしてしまった。


バイキング方式でつまんで、果たして幾らになるのか少々不安な気分でレジに並んだ。
前の客の会計を観察すると、料理の種類ではなく、どうやら重さで値段を決めているようである。

良く喋る痩せたおかみさんは、東洋系の顔立ちとお見受けした。
ビジネス街のど真ん中で、土曜日の昼下がりにもかかわらず、店内は大賑わいで、かなりの繁盛ぶりだったから、やり手の経営者なのであろう。

タクシーでいったんホテル・ペンシルバニアに戻り、妻は部屋でゆっくりくつろいで、疲れをとることにした。
ただでさえ気疲れする外国での旅行だから、無理は禁物である。

一方、僕は、趣味に走ることにした。

とても妻を連れてはいけないけれど、1人だったら是非とも行ってみたいところがあった。

それは、ポートオーソリティ・バスターミナルである。

8th Ave.と9th Ave.、そして40th St.と42nd St.にまたがる、ニューヨーク随一の巨大なバスターミナルだ。
全米各地やカナダ・メキシコへ向かう長距離バス、市内や近郊のツアーバス、エアポートリムジンバスなどが発着する、文字通りニューヨークの長距離バスの玄関口であり、また、ニュージャージー州など郊外への通勤・通学用のバスも利用している。
ニューヨーク・ニュージャージー港湾公社 (Port Authority of New York and New Jersey) が所有し運営する巨大な建物の中に、223の出発ゲート(乗り場)と1250台の駐車場を内包し、その規模はアメリカ最大で、世界のバスターミナルの中でも最も交通量が多いと言われている。
平日は1日あたり約7000台のバスが出入りし、1日の利用者数が約20万人、年間では5300万人を輸送するという。
ちなみに、2011年にはのべ226万3000台のバスがこのターミナルから出発した。
そんな数字を聞かされても、ピンと来ないのであるが、日本の大都市の中でもバス交通が極めて発達している福岡市の博多交通センターの、バスの発着本数が1日3200本、利用者数が1日7万人と言うのだから、ポートオーソリティ・バスターミナルの巨大さは群を抜いている。

ちなみに、出入りするバス事業者は、Academy Bus・Adirondack Trailways・Bonanza Bus Lines・Capitol Trailways・Bieber Tourways・Community Lines・DeCamp Bus Lines・Greyhound Lines・Lakeland Bus Lines・Martz Group・New Jersey Transit Bus Operations・New York Airport Service・Peter Pan Bus Lines・Spanish Bus Transportation Corporation・Susquehanna Trailways・Trans-Bridge Lines・Community Coach・Olympia Trails・Rockland Coaches・Short Line・Suburban Trails……と、羅列しても、何が何だかわからない。

これらのバス会社の中で、僕が最も憧れているのは、もちろん、Greyhound Linesである。
広大なアメリカ国内をくまなくネットワークする代表的な長距離バス事業者として、その名前と、疾駆する逞しいグレイハウンドのロゴを側面に飾ったバスの勇姿は、誰もが見たり聞いたりしたことがあるのではないだろうか。

グレイハウンドバスは、スウェーデン生まれの移民、カール・ウィックマンが1913年に始めた、ミネソタ州ヒビングとアリスの間を15セントで運行する路線バスが起源と言われている。
その後、様々なバス事業者を合併しながら事業を拡大し、1927年にはニューヨークとカリフォルニアを結ぶ大陸横断路線が完成していたという。
1990年と2001年には、自家用車と航空機の攻勢で経営危機を招き、ついには2度の倒産という憂き目に遭っているが、不採算路線の削減や廃止などの合理化、はたまたチャーター便と観光事業の拡大で再建を成し遂げている。





いつかは、グレイハウンドに乗ってアメリカを旅してみたい──

それが、僕の長年の夢だった。

しかし、グレイハウンドの運行する路線の全貌を把握しようとしても、至難の技なのである。
同社のHPに、運行する全路線の一覧があるわけでもなく、路線の検索を出発地と目的地を入力するページがあるだけなのだ。
一般の利用者は、それで事足りるわけである。
ポートオーソリティ・バスターミナルのHPでグレイハウンドを検索してみても、ニューヨークを出発するバスの目的地として数十の都市名がずらりと並ぶ。
もちろん、1つの路線が複数の街を経由しているのだろうけれど、どこ行きのバスが、どこを経由して、1日何本出発しているのか、探りようがない。
ダラスにあるグレイハウンドの本社に請求すれば、タイム・テーブルをくれるというのだが。

でも、グレイハウンドの規模の大きさを知る方法はある。

HPで、発地をニューヨーク、着地をロサンジェルスと入力してみれば、たとえば、以下に示す大陸横断バスの旅が提示される。

(1日目)4427便:New York 17:45発-Newark 18:35-RS Milesburg 23:00-(2日目)-Cleveland 3:05着

1537便:Cleveland 4:30発-Columbus 7:30-Dayton Trotwood 8:55着

1683便:Dayton Trotwood 9:45発-Indianapolis 12:30-Terre Haute 13:45-Effingham 14:25-St Lous 18:15-Columbia 20:35-Boonville 20:55-(3日目)-Kansas City 0:25-Lawrence 1:20-Topeka 1:55-Junction City 3:10-Salina 4:25-Hays 6:00-XXRS Corby 7:35-Denver 11:00

1317便:Denver 12:15-Idaho Springs 13:10-Frisco 14:00-Vail 14:40-Glenwood Springs 15:55-Grand Junction 18:15-Green River 20:10-Richfield 22:20-(4日目)-Parowan 0:05-Ceder City 0:30-St George 1:25-Las Vegas 2:30着

6027便:Las Vegas 3:30発-RS Barstow Travel 5:30-Los Angeles 8:40着

足かけ4日間、5本のバスを乗り継いで、合計65時間55分の旅である。
運賃は258ドル──案外、安い。
凄いと思うのは、Dayton TrotwoodとDenverの間で利用する1683便で、午前9:45発、翌日の11:00着という、実に25時間15分に及ぶ運行である。

この他、フィラデルフィアやリノ経由のルートや、ラスベガスとロサンジェルスの間をサンタアナを経由するルートも提示される。

また、国境を越えるルートとしてメキシコ・シティへのルートを検索してみたら、

4425便:ニューヨーク22:15発-シカゴ 2日目14:30着
1225便:シカゴ 16:10発-メンフィス 3日目 2:10着
1551便:メンフィス 3:05発-ダラス 13:15着
9047便:ダラス 15:15発-Nuebo Laredo 4日目 1:10着
9381便:Nuebo Laredo 2:05発-メキシコ・シティ 18:20到着

途中停留所は略したけれど、バス5本を乗り継いで所要69時間5分の旅である。
運賃は287ドルだ。

驚いたのは、アメリカのバス旅行者は、深夜の乗り継ぎを厭わないことだった。
地下鉄でも航空機でも、24時間運行が原則の国だから、日本のように深夜は運行しないか途中地を通過するという運行形態は、もしかしたら余計なお世話、または過保護なのかもしれない、とも思う。

それにしても、こんなスケジュールを目の当たりにすると、乗ってみたい!という欲求がふつふつと胸中にわき上がってくる。

なんという、夢のある壮大なバス旅だろうか!──

一生に1回でいいから、経験してみたい、と思う。
いざ実際に乗ってみれば、途中で飽きるか、泣き言を言い出すという可能性もなきにしもあらず、だけれど。

今回の旅では、残念ながら、長距離バスに乗る計画は立てられなかった。
せめて、バスターミナルを出入りする長距離バスの勇姿を目の当たりにし、また、アメリカのバスターミナルの雰囲気を味わってみれば、そのような欲求も、少しは慰められるのではないか、と思ったのだ。

7th Ave.と34th St.の交差点近くにあるホテルからポートオーソリティ・バスターミナルまでは、1km程度である。
歩いても大したことはなく、僕はぶらぶら7th Ave.を北へ向かった。


7つのsteetを横断し、8つめの40th St.を左折する。
人の流れは、相も変わらず歩道から溢れんばかりで、立ち並ぶビルの1階を占める小売店への出入りも多い。
ユニクロや無印良品など、日本企業の店も賑わっているのを、少しばかり懐かしい思いで横目に見ながら、足早に通り過ぎると、前方の8th Ave.の交差点の向こうに、広大な一角を占拠するいかめしい建物が見えてきた。
それが、ポートオーソリティ・バスターミナルだった。



「PORT AUTHORITY BUS TERMINAL」

と大書された8th Ave.側の扉をくぐると、国際空港のように広いコンコースに、まず面食らった。

普通の旅客ならば、入口の近くにある案内所で自分の行き先や乗りたいバスを告げると、どちらへ向かえばいいのか教えてくれるらしい。
けれども、普通でない訪問者の僕は、どう行動したら良いのか、途方に暮れてしまった。



このバスターミナルには、数多くの店舗だけでなく、ボーリング場やゲームセンターまであるという。

東京ならば、乗り場は各ターミナルに分散していて大きなターミナルは浜松町くらいであるし、札幌駅前バスセンターや名古屋の名鉄バスセンター、大阪のOCAT、広島バスセンター、福岡の博多駅交通センターや天神バスターミナル、熊本バスセンターなどが、かろうじて大規模な部類に入るけれども、それらと比べても、ポートオーソリティ・バスターミナルの規模は桁違いだった。

普通の旅客並みに、確固たる行き先や乗るバスを決めていても、ここでは迷うしかないだろうと思った。
まして、どこでもいいから、アメリカの長距離バスを見たい、などという漠然とした目的では、どうしようもない広さと雑然とした乗り場の配置であった。

取りあえず、階段やエスカレーターを幾つか昇って、上の階のバス乗り場に行ってみた。
バスが走ったり停まったりする通路と、乗客の移動するコンコースは、分厚い壁とガラスによって厳然と隔離されているのが、日本との大きな違いだった。
日本では、バスと利用者の間は、せいぜい、柵やガラスで区切られている程度であることが多い。
階段を上り詰めると、バスの通路の真ん中にぽつりと浮かぶ島のような乗り場だったりする。
どこにも行きようがない。

しかも、乗り場には小さな扉があるだけで、バスが横付けされて改札が始まらなければ、バス通路の方に入り込めないように、厳重に鍵がかけられている。


このバスターミナルで、乗り場を「ゲート」と呼ぶ理由が、よくわかった。
その門は、日本などより遙かにセキュリティが強く、真の利用者にしか開放されないのだ。
よほど不審者が多く、開放的な構造にすると危険だったり、ただ乗りする人間などが多いのだろうか?

いや、僕も、そんな不審者の1人か──

どのゲートも閑散としていて人影が少なく、その分、気兼ねなく構内を散策しやすかったのは、確かである。
どのバスにも乗ろうとせず、カメラを持ってウロウロする僕を、パトロール中の警官が警棒で手のひらを叩きながら、じろりと見据えて通り過ぎた。
バスを待って短い列を作ったり、ベンチに三々五々と腰掛けている乗客たちは、あまり僕に関心を示す素振りを見せなかった。

アメリカには、乗り物ファンやバスファンはいないのだろうか?──

ところどころ、バス通路や乗り場を覗くことができるガラス窓もあるけれど、そこから覗いてみると、どうやら、この階の乗り場は、「Coach USA」「Lakeland Bus Lines」「New Jersey Transit Bus Operations」などといった郊外路線がメインのようだった。
僕が探し求めるクレイハウンドのような大陸横断長距離路線バスは、全く見かけないのだ。

土曜日の昼下がりだから、通勤利用が主体の郊外路線の乗客数やバスの本数が少ないのだろう。






「Lakeland Bus Lines」は、ニューヨークからRoute 46、Route 80、Loute 206、Loute 15を経由してNewtonまたはSpartaへ、Route 202を経由してBernatdsvilleもしくはBedminster、Route 80を経由してMount Arlingtonへ向かう、主としてニュージャージー州へのコミューター路線を運行している。




「Coach USA」のロゴを掲げたバスは、Community Coach・Olympia Trails・Rockland Coaches・Short Line・Suburban Trailsなどの近郊コミューター路線を運行するバス会社のグループ企業で、ニュージャージー州のParamusを本拠地にして、ニューヨーク都市部やニューヨーク州内各地を結んでいる。







「New Jersey Transit Bus Operations」は、前日に乗車した「Acella Express」からも見ることができたニューヨーク近郊鉄道「NJ Transit」も運行する総合交通機関で、そのバス部門は、ニュージャージー州各地からニューヨークへの近郊路線を運行している。
Atlantic CityからNew YorkやPhiladelphiaなどの路線もある。




アメリカの長距離高速バスの真っ四角で頑丈そうでごっつい外観や、後輪が2軸あるスタイルは、いつ見ても惚れ惚れする。
郊外路線と言えども、いわゆる「FreeWay」を経由する、日本で言うならば高速バスに違いはなく、いかにも長距離バスらしいボディも踏襲されているから、乗りたくてうずうずした。
切符の買い方から知らなかったので、かろうじて思いとどまったが、危ないところであった。

けれども、やっぱり、ここまで来たからには、グレイハウンドの勇姿を拝みたい。

どうやら、バスのゲートは行き先別に分けられているのではなく、運行会社ごとに分けられているのではないか、と気づいたのは、ターミナル内をかなり彷徨した後だった。
僕は1階コンコースに戻って、「Greyhound」の案内板に従って歩いてみた。
先ほどは、その案内板の先に乗車券売り場があっただけのように見えたのだが、よく見直すと、地下へ向かうエスカレーターがあって、案内板はそちらを指している。
地下へ降りると、人恋しくなるほどに人気が少なかった他の乗り場とは、がらりと雰囲気が変わった。
薄暗かった近郊路線乗り場とは対照的に、明るく照明に照らし出された広々とした乗り場であった。
バスを待つ人々の姿も多く、日常生活の延長のような近郊路線乗り場の気怠いような表情はどこにも見られない。
大声で談笑したり、きびきびと動き回ったり、誰もが遠くへ旅立つ喜びと期待感に満ち溢れている。

これこそが、長距離バスターミナルの雰囲気だ、と思った。



航空機や鉄道の利用者に比べて、長距離バスの利用者は、低所得のバックパッカーが多いと言われる。
JFK国際空港やペンシルバニア駅の、慌ただしいけれども、どこか洗練された人混みを思い浮かべれば、それは、ある意味、真実なのだろうと思う。

しかし、ポートオーソリティ・バスターミナル地下のグレイハウンドバス乗り場は、どこか素朴な空気を残しながらも、うらぶれた雰囲気は微塵も感じさせなかった。
日本の高速バスターミナルにも似た、旅を共有する人々の一体感のようなものを感じさせたのだ。

ただし、ゲートの頑なさは近郊路線以上で、待合室はぎっちりと壁に囲まれて、細長く狭い窓しかない。
1つの窓を覗き込めば、ちょうどアトランティック・シティ行きのグレイハウンドバスが改札中で、のけぞるくらい間近に停まっているけれど、その全容を眺めることはできなかった。




また、「Peter Pan」とか「Adirondack Trailways」といった、グレイハウンドとは異なる塗装のバスも入線していたけれど、それは提携の事業者だろうか?

「Adirondack Trailways」は、New YorkからAlbany・Binghamton・Buffalo・Kingston・Oneonta・Woodstockなどといったニューヨーク州の各都市や、オンタリオ州のTorontoを結ぶ中・長距離路線を運行している。


窓から覗くようにバスの写真を撮ってから顔を上げると、旅行者らしいおじさんが、たしなめるように指を振る。
撮影禁止なのだろうか。
顔は笑っているのだが、僕は肩をすくめてカメラをしまった。

どこか1~2時間で行ける町までの切符を買って、バスに乗ってしまいたい誘惑にかられたけれど、ホテルで眠っているはずの妻の顔を思い浮かべて、ぐっと思いとどまり、僕はバスターミナルを出た。
もしかしたら、バスターミナルの外に行けば、ターミナルを出入りするグレイハウンド・バスの姿が見られるかもしれない、と考えたのだ。

だだっ広いターミナル構内を無闇にさまよって棒のようになった足を引きずりながら、巨大なターミナルの外壁に沿って歩き出してみたが、長距離バスの姿は全く見られなかった。



近郊路線の「TRANS-BRIDGE LINES」のバスが待機して、運転手さんが眠そうにハンドルにもたれかかっている。
この会社のバスは、New YorkからNewark空港・JFK国際空港を経てニューヨーク州北西部のAllentown・Bethlehem・Easton・Phillipsburg・Clinton方面に行く路線と、ペンシルバニア州Doylestown・Flemington・Frenchtown方面へ行く路線を運行している。

ポートオーソリティ・バスターミナルを発着するバスは、建物から、高架道路でそのままハドソン川をくぐるリンカーン・トンネルへと続く自動車専用道路を使って出入りするという。
僕は、ターミナルから西に伸びる高架橋を恨めしい思いで見上げるしかなかった。
地上に降臨してくれるバスなど、1台もない。



ポートオーソリティ・バスターミナルは、決して治安がいい場所ではないと言われている。
周辺地区は、賑やかなタイムズ・スクェアなどが近く、犯罪発生率を地区ごとに色分けした地図では安全な部類に入る緑~黄色で塗られているが、ポートオーソリティ・バスターミナルの区画だけは最悪の危険地帯を示す真っ赤っかである。
夜間・早朝は、必ずタクシーで乗り付けること、とガイドブックにも書いてある。
だから、妻を連れてこなかったのだ。
特に、繁華街とは反対のターミナルの西側は危険、と書かれている。

バス専用の高架道路が延びているのは、まさに西側だったけれど、そんなことを気にする気力もなかった。
今、振り返れば、ちょっぴり無謀だったかな、とも思う。

その時、不意に視界の隅に青いものが見えた。

どういう風の吹き回しか、紺色に彩られたグレイハウンドバスのスマートな車体が、のっそりと通りの向こうから現れたのだ。
「ATLANTIC CITY NJ」と書かれたそのバスは、まさに、15:30発のニュージャージー州アトランティック・シティ行き8535便に間違いなかった。

先ほど、地下のゲートで狭い窓から覗き込んだバスだったのではないだろうか。
アトランティック・シティへの便は、それが最終である。
時刻表によれば、その前の便は2時間前に出発している。
所要2時間40分をかけ、終点には18時10分に到着予定のノンストップ便である。

どうして専用の高架道路から出て行かなかったのだろう?──

などと、その時はいぶかしがる余裕もなく、僕は、子供の頃から憧れていた、北米大陸を縦横に駆け巡るバスの姿を、しっかりと目に焼き付けた。

まさに、それは、アメリカの陸上輸送の王者、と呼ぶにふさわしい貫禄だった。



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