テネシー・ワルツ(仮題) 第1章 | 『Go ahead,Make my day ! 』

『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】

 原岡修三が指定したのは、中洲の〈ピアニッシモ〉というバーだった。
 依頼人と外で会うのは、別に珍しいことではなかった。いきなり探偵事務所を訪ねてくる客というのは、実際には滅多にいないのだ。ほとんどの場合はまず電話があって、それから依頼人のところへ出向くか、逆に事務所においで願うか、こうやって何処かで落ち合うか、ということになる――とはいえ、バーで会うという芝居がかった真似をするのは、約五年の探偵稼業でも初めてのことだった。

 わたしは薬院大通りにある事務所から地下鉄で天神に出て、中洲まで国体道路を歩いた。夕立が上がったばかりで、街には蒸し暑い湿った空気と排気ガスのニオイが立ち込めていた。通りは夕方のラッシュで、不摂生な男の詰まった血管のように流れが悪かった。県外ナンバーの車が強引な割り込みを敢行しようとして、福岡の路上の王者、西鉄バスからけたたましいクラクションを浴びせられている。春吉橋の袂に立ち並ぶ屋台が急ピッチで開店準備を進めていた。那珂川の水面にネオンの灯りが映り込み、誘蛾灯のように道往く人々の心を惹きつけている。いつもの夜と同じように、街は大急ぎでけばけばしく装いを変えていく。

 依頼人は電話で、店の場所を詳しく教えてくれていた。わたしは二、三の目印を確認しながら、約束の時間に五分遅れて店に着いた。
 重いオーク材のドアを開けると、カウベルが軽やかな音をたてた。店内はお約束のように薄暗く、控えめな間接照明とカウンターに落ちるスポット、バック・バーを背に佇む初老のバーテンダーを照らすピンスポットが灯りの全てだった。相当に年季の入ったカウンターにスツールが八席と、壁際に二人掛けのテーブル席が二つ。囁くような低い音量でピアノのソロが流れている。
 先客は一人だけで、カウンターの一番奥の席に陣取っていた。

「村上様、ですか?」
 バーテンダーが口を開いた。わたしはそうだ、と答えた。
「原岡様がお待ちです。どうぞ」
 バーテンダーは手振りで奥へ行くよう示した。
 痩せた老人がカウンターに肘をついて、コースターに置いたコリンズグラスの中の液体を眺めていた。考え事に集中しているのか、こちらを見ようとはしなかった。
「探偵の村上です。すいません、お待たせしたようですね」
 原岡は振り向いて、値踏みするようにわたしをじっと眺めた。感情の感じられない目元には、乾いた地面を思わせる深い皺が刻み込まれていた。豊かな白髪。丁寧に整えられた口ひげ。ベージュの麻のスーツとサックスブルーのシャツ。ネクタイは締めずに襟元を控えめに開けている。涼しげな装いと浅黒い肌は俳優の藤村俊二を思わせたが、かの粋人の軽やかな物腰は彼には感じられなかった。

「大して待ってたわけじゃない。ワシが早く来過ぎたんだ」

 原岡が口を開いた。少し早口で、せかせかした感じの喋り方だった。わたしが名刺を渡すと、じっくりと書いてあることを読んでいた。大したことが書いてあるわけではなかった。村上調査事務所、所長・村上恭吾。薬院大通りの事務所のアドレス。事務所の電話番号と電話応答サービスの番号が併記してある。肩書を入れるかどうかはかなり悩んだところだった。わたし一人しかいないのだから。

「意外と小ざっぱりした格好なんだな」

 原岡が言った。わたしはオックスフォード生地のボタンダウン・シャツにニットタイ、コットンパンツという出で立ちだった。ジャケットは手に持ち、袖は肘の上まで捲り上げている。

「以前に見た探偵は、銀行員みたいなダークスーツを着ていたが。そちらの業界もクール・ビズというやつかね」

「そんなところです。いつまで持ちこたえるか分からない言葉ですけどね」

 わたしは小さく笑った。ブリーフケースを足元に置き、隣のスツールに腰を下ろした。

「何か飲むかね? 車で来たのでなければ、だが」
「歩いてきました。同じものをロックで戴けますか」
 原岡がジャック・ダニエルズのオン・ザ・ロックスをオーダーしてくれた。バーテンダーは恭しく頭を垂れ、黒いラベルの角ばったボトルから、氷を満たしたオールドファッションド・グラスに琥珀色の液体を注いだ。
「人捜しが専門だそうだな」

「専門ということではないのですがね」

 わたしは苦笑した。

「横尾弁護士が言ったと思いますが、個人営業なんです。人手の要る大掛かりな調査はやれないので、どうしても独りでやれる仕事ばかり引き受けることになるんです」
「フン、あの若造か。何が顧問弁護士だ。偉そうなことを言っておきながら、いざとなりゃ、示談に応じるしかない、などとほざきおって」
 老人はこちらには意味の通じない事を言った。バーテンダーがわたしの前にコルクのコースターを置き、その上にグラスを載せた。それから、ごゆっくりと言うように小さく会釈して一歩下がった。ピンスポットから外れると、バーテンダーはそこに存在していないかのように気配を感じさせなかった。

 わたしはグラスを持ち上げ、喉を湿らせる程度に、ほんの少しだけ口をつけた。

「それで、わたしに何をさせるおつもりなんです?」

「娘を捜してもらいたいんだ」

 原岡が言った。

「家を出て、もう十二年になる。ある日、突然、男と出て行った」

「おいくつになられるんです?」

「家を出たのが高校を卒業してすぐだった――八月生まれだから、三十になったのかな」

 最後が疑問形なのは、この男が家庭を顧みない類の人間であることを表していた。この手の男にとっては、娘の生まれた月をそらで言えただけで、充分な家庭サービスなのだ。

「そうか、もう三十になったんだな……。あれの母親が死んだのが、ちょうど三十だったんだ。佳織は――娘はまだ小学生だった」

「その時は捜さなかったんですか?」

「捜したさ。その時も探偵事務所に頼んで。ずいぶんカネを使ったよ」

「見つからなかったんですか」

「いや、その時は見つかったんだ。東京にいた。一緒に出て行った男とは喧嘩別れしていたんだが、向こうで職を見つけてね。変な仕事じゃないぞ。下町の弁当屋で住み込みで働いていたんだ。母親を早く亡くしたせいで、歳よりはしっかりした娘だったが、まだ子供だと思っていたからな。正直、驚いたよ」

「だから連れ戻さなかったんですね」

「そう。その弁当屋のご主人に挨拶はしたがね。本人には会わなかった」

「その後は?」

「一度も連絡はとっていない。一度だけ、佳織の祖母が亡くなった時に、あの子と仲の良かった叔母を通じて手紙を送ったが、返事はなかった。ワシは娘は最初からいなかったと思い込む事にしたんだ」

 原岡は水割りを一口啜った。口振りには娘に対する誇りのようなものが感じられたが、同時に疲労や苛立ちの影が見え隠れしている。目の前の灰皿には、力任せに押し潰した吸殻が転がっていた。

「家出の原因は何だったんです? それだけしっかりしたお嬢さんなら、短絡的に駆け落ちなんかしないでしょう」

「――家内だよ」

 原岡の口調に自嘲的な響きが混じった。

「再婚したんだ。佳織が高校に入った年だ。長いことワシの秘書を勤めている女で、向こうも離婚したばかりだった。当時から家族ぐるみで付き合っていたんで、すぐに馴染んでくれると思っていたんだが、そうはならなかった。お互いに連れ子がいて、一人っ子だった佳織も最初は妹が欲しかった、と言ってくれたんだが、ワシが日頃、家にいないせいもあって、うまく馴染めなかったんだ。それにどうやら母親が死ぬ前から、ワシと家内がそういう関係だったと勘繰っていたらしい」

「そうだったんですか?」

 原岡は曖昧な微笑を浮かべた。

「身体の関係はなかったがね。家内はもともと、あの子の母親の友人だったんだ。君は意外とデリカシーのない男だな」

「失礼しました」

「まぁ、いい。そんなものにカネを払うわけじゃないからな」

 そこで思い出したように、原岡は調査料について訊いてきた。わたしは着手金と日当、経費についてざっと説明した。原岡は高いとも安いとも言わず、鰐革の長財布から一週間分の料金を払った。領収書の宛名と但し書きを訊くと、個人の払いだ、と言った。

「だいたい、そんなものなのか?」

 原岡が言った。

「何がです?」

「君の稼ぎさ。払う側としては安いとは思わんが、経費を差っ引けば、あまり分のいい仕事とも思えん」

「経営者らしい考え方ですね」

 わたしは再び苦笑した。

「本業、というか自分の受ける依頼のほかにも、よその仕事を手伝ったり、色々と副業があるんです。確かに同じ時間、働くならもっと実入りのいい仕事があるんでしょうが、今更、違う仕事を始めるには少し歳をとり過ぎました」

「幾つだね?」

「三十五になりました」

 原岡は鼻を鳴らした。

「ワシが今の会社を興した歳じゃないか。何を言っているんだか。昔は警官だったそうだな」

「県警の薬対(薬物対策課)にいました。あまり出来の良い警官ではありませんでしたがね」

「何で辞めたんだ?」

「自分が組織に向かないことに気付いたんです。協調性とは無縁でしてね」

 わたしは小さく笑って、いつもの答えで話を濁した。オールドファッションド・グラスを取り上げて、一口啜った。氷が解けて、ジャック・ダニエルズは幾らか薄くなっていた。いつの間に置いたのか、チェイサーのグラスが別のコースターに載せられていた。バーテンダーは暗がりの中でグラスを磨いていた。

「話を戻しましょう。お嬢さんは十二年前に家を出て、東京で新しい生活を始めた。貴方は彼女を連れ戻さず、関わりを断つ決心までした。なのに今、わたしにお嬢さんを捜す仕事をさせようとしている。その理由を聞かせて戴けませんか?」

「やはり、それを説明しなくてはならんのだな」

 原岡の表情に苦いものが走った。わたしはこの仕事を始めてから、何度もそれを見てきた。過去と向き合う事を強要された時、誰もが抱く感情――後悔。

 そこに話のとば口があるかのように、原岡はコリンズグラスに視線を落とした。

 わたしはタバコのパッケージを取り出した。”ラッキーストライク”という能天気な名前の洋モクで、よほど口寂しいときか、間が持たないときにしか喫わないので、一箱で二、三日はもってしまう。パッケージの中に入れてあった使い捨てライターで火をつけ、静かに煙を吐き出した。とりあえず、原岡が話し出すまで待つつもりだった。他に出来ることがあるわけでもなかった。二人とも黙り込んだせいで、精緻なピアノの旋律が耳に流れ込んできた。バックバーの一角に据えられたコンポの前に、ビル・エヴァンスのCDのジャケットが立て掛けられている。どうやらバーテンダーの趣味のようだった。わたしがそれに気付いたのを見て、初めてバーテンダーは感情のこもった微笑を浮かべた。

「お替りはいかがですか?」

 わたしのグラスが空になっているのを見て、バーテンダーが言った。一応、仕事中なので目顔で断わると、原岡は自分が言われたのだと思い、薄くなった水割りを一息に空けた。それが思い切るきっかけになったらしく、原岡はわたしの方に向き直った。

「――三日前のことだ」

 原岡が口を開いた。

「自宅に警察が来たんだ」

「警察?」

「ああ。県警の刑事だった。君と同じくらいの年格好で、名前は確か――」原岡はポケットを探って名刺を取り出し、わたしの前に置いた。「ああ、この男だ」

 わたしはスポットの灯りの下で、今時、逆に珍しくなった明朝体の縦書きの名刺に視線を走らせた。警察署の代表番号は必ず下四桁が”0110”になっていて、わたしはそれを見るといつも、何となく間の抜けた思いにかられる。

 だが、笑ってはいられなかった。名刺に書かれていた名前は、福岡県警刑事部捜査第一課、藤田知哉警部。強行犯係一筋の強面の刑事だった。県警の捜査一課、それも凶悪犯罪を捜査する強行犯係が動いているということは、それなりの事件だということだった。そんな事件が最近、あっただろうか。わたしは記憶を辿った。

 ひどく嫌な予感がした。

「知っているかね?」

 わたしは頷いた。

「顔見知り、といったところですね。何度か、捜査本部で一緒になった事があります。部署が違うんで、あまり話をしたことはありませんが」

 バーテンダーが原岡のコースターに新しいグラスを置いた。

「それで、どんな用件だったんです?」

「娘が帰っていないか、連絡はなかったか、立ち寄ったら知らせて欲しい――そんなところだ。話を訊きたいが連絡がつかない、と言っていた」

「何と答えたんです?」

「娘は十二年前に家を出て東京に行った。連絡はないし、こちらからも連絡はしていない。そのままさ。あの子の友達を二、三人知っているが、福岡に帰ってきているような話は聞いていない。佳織の親友だという娘がウチで働いているんだ」

「警察は何のためにお嬢さんを捜しているんですか?」

「ある事件に関して、佳織が目撃か、何か知っているようなことを言っていた。だが、その藤田という刑事はともかく、連れていた若い刑事の態度はそんな感じじゃなかった――明らかに何かを探している目だった。佳織を匿っているんじゃないか、とでも言いたげにな」

「で、警察は何と?」

「もし佳織と連絡が取れたら、その藤田という刑事に連絡してほしい、と言った」

「了解したんですか?」

 原岡は頷いた。

「断る理由があるまい。警察が帰ってから、慌てて例の弁当屋に電話したよ。以前の調査報告書を探すのに手間取ったが」

「どうでした」

「この電話は現在使われておりません、とさ。104で訊いてもそんな弁当屋はなかった。潰れたか、廃業したか、そんなところだろう」

「調査報告書を見せて戴けますか?」

「ああ。ちょっと待ってくれ」

 原岡は足元にわだかまった紙袋から、角が擦り切れてしまった大判の茶封筒を取り出した。表の下のほうに”高橋調査事務所”とあり、東京、大阪、名古屋、広島、仙台、福岡の住所と電話番号が書いてあった。福岡の住所は博多駅南のマンションの一室になっていた。

 茶封筒の中身は十数ページの報告書の綴りと写真のネガだった。灯りに透かしてみると、女性を遠くから隠し撮りしたものだった。原岡佳織だろう。写真は十二年前のもので、年月の経過を考えると、人を尋ねて歩くには役に立つか分からなかったが、ないよりははるかにマシだろう。

 報告書は失踪から発見までの経過を時系列に並べたものだった。

 それによると、原岡佳織は高校の一年先輩の高田伸輔と一緒に、一九九三年五月十二日に男の車で福岡を出た事になっていた。高田は高校卒業後、地元の久留米で運送会社に就職したが長続きせず、駆け落ちした当時は中洲の風俗店で、呼び込みや店の女の送迎などの雑用をしていた。二人の接点は高校時代で、高田の卒業に伴って疎遠になっていたが、高田が福岡市へ戻ったことで交際が再開していたようだった。二人が駆け落ち先に東京を選んだのは、高田の二年先輩の友野という男が東京でレース関係の仕事をしていて、もともと車好きだった高田がその先輩のツテを頼って業界に潜り込もうと思ったかららしい。浜田省吾の唄に影響されたわけではないようだった。その後、二人は友野の紹介で、高田は墨田区にある自動車修理工場に、佳織はその近くにある弁当屋に住み込みの仕事を見つける事になる。未成年の二人ではアパートを借りる事もままならなかったのだろう。佳織は弁当屋で経営者夫婦に気に入られ、もともとのしっかりした性格もあって、新しい生活にも馴染み始めた。問題は高田のほうで、こちらは何事も長続きしない性格だったらしく、修理工場もすぐに辞めてしまい、行くあてもなく佳織の住み込み先に転がり込むことになる。そのあたりから二人の関係は急速に冷え込んだようで、大喧嘩の末に高田は一人で福岡に帰ってしまったのだった。ただ、佳織は結局、そのまま東京に留まった。調査を請け負った探偵事務所が佳織を捕捉した頃には、彼女は子供のいなかった弁当屋の夫婦と親子同然になっていたらしい。それは母親の死と父親の再婚とともに彼女が失ったもの、彼女が求めて止まなかったものだったのかもしれない。原岡修三が娘を連れ帰ろうとしなかった理由が、何となく理解できるような気がした。

 わたしは報告書をカウンターに置いた。原岡が口を開いた。

「その探偵社にも電話してみたんだ。一応、主要な都市に事務所を置いている探偵社だったんだが、その時の調査員はとっくに辞めてしまっていた。もともと、十二年前の調査記録はあちらにも残っていないし、アフターサービスの期間も過ぎてしまっているようなことを言われたよ」

「つまり――」

 原岡が後を続けた。

「佳織のこの十二年の足取りはまったくわからん、ということだ」

「なるほど」

「東京の方の事務所の男に、改めて依頼をするか、と訊かれたが、会ってもいない人間に話せるような事情じゃない。途方に暮れていたところで、顧問弁護士の横尾が別件で訪ねてきた。で、誰か心当たりはいないかと話になって、ヤツが警察の事情にも通している君を推薦したというわけだ」

 原岡は二杯目の水割りを一息に飲み干した。事態に何も進展はなくても、とりあえず誰かに話しただけで気が楽になる心情は理解できた。わたしはチェイサーのグラスを干し、バーテンダーに水のお替りを頼んだ。

 わたしは茶封筒を眺め、どこから事件にアプローチするかの考えをまとめた。

「まず、東京での足取りについては、あちらの同業者に依頼してみます。土地勘のないわたしが出かけていくよりも、時間も経費もかからずにすむでしょう」

「カネはいくらかかっても構わん」

 わたしは小さく笑った。

「同業者にそう伝えましょう。わたしはまず、お嬢さんと警察の関わりについて、探りを入れてみます。もし、お嬢さんが何らかの事件の被疑者として追われているのだとすれば、基本的に警察は彼女の立ち回り先に直接、接触するようなことはしませんし、何らかの理由で接触するにしても、相手に悟られるような間の抜けたことはしません。考えられるのは、事件の立証に必要な証人か何かの立場にあることですが……。その辺りは何処かから聞きだせるでしょう。あとはその事件の関係者を辿っていくことになると思います」

「よろしく頼む――いや、お願いします」

 原岡はグラスを置いて、頭を下げた。最初の無感情な印象から、今は、家庭の軋みを背負わせてしまった娘を想う一人の父親に変わっていた。わたしはこの不器用な男が好きになっていた。

「調査報告はどうしますか? 毎日、連絡をいれますか?」

「いや、それでは君の負担が大きいだろう。とりあえず、動きがあったら教えてくれ。どうしても訊きたいことがあるときはどうすればいい?」

「電話代行サービスにかけてください。名刺に番号を載せています」

「分かった」

 原岡はもう少し飲んでいく、と言ったので、わたしはスツールを降りた。思い出して水を飲み干し、バーテンダーに礼を言った。バーテンダーは柔らかな微笑を浮かべると、何十年も繰り返してきた滑らかな動作で、恭しく頭を下げた。