Side−N
「それで、翔ちゃんは来られなくなったんだ?」
「…うん」
車が故障してしまったのなら、代車が用意される筈なのに、それをしないでまーくんの所に来られないとなると、何か別の理由で来られないんだろうな。
何をさて置いても、翔ちゃんはまーくんに会いに来ることを最優先する。それを一番分かっているのはまーくんなのに、翔ちゃんが来ないという不安な気持ちすら口にしない。
「ねぇ、何か言えば?」
「何かって、なにを?」
生返事をするまーくんは、自分の子供の頃のアルバムを捲っている。でも、その写真をちゃんと見ているのか、怪しいもんだ。
「ねぇ、俺にも見せて?その写真」
「ヤダよ…」
「ケチ…。減るもんじゃないのに」
「減るとか、減らないとかじゃないでしょ?」
相変わらず俺のことなんか見ないで、写真を見ているふりをしていると思ってた。
「…あれっ?」
まーくんがアルバムを捲る手を止めた。
「なに?なんか見つけたの?」
「この写真に、小百合さんが写ってるんだよ。今まで全然気が付かなかったけど…」
「えっ?ウソ…」
「ホントだよ!多分この人…ほら…後ろに写ってるの…」
まーくんが指差した写真には、まーくんの『お父さん』が写っていて…
「後ろの人って、小さくてよく分かんないけど?」
「じゃあ、確かめて来てよ」
「確かめてって…お母さんに?」
俺が言い終えないうちに、まーくんはその写真をアルバムのページから外して手渡してきた。
一応聞いてみるねとは言ったけど、この小さく写っているのがホントにお母さんなのかなぁ…
半信半疑なまま、『お祖父ちゃん』が入院している病院の近くで、お母さんと待ち合わせた。
お祖父ちゃんは最近具合が良くなくて、介護施設から病院に入院していた。お母さんは仕事の合間を縫っては、お祖父ちゃんの様子を見に行っていた。
「和也さん、智さんに迷惑とか掛けてない?お家のことは、ちゃんとやってるの?」
お母さんは、俺と会う度に必ずといっていいほど、智のことを気に掛けてこう言う。
「それよりね?まーくんが、この写真に写ってるの、お母さんなんじゃないかって…」
テーブルに『ぺたん』と置くと、「もう少し、大事に扱いなさい。」と叱られた。
お母さんは鞄からティッシュを一枚取り出すと、その上に写真を乗せ、ティッシュごと写真を手に取って見ていた。
「あら…この人、確か…ウチの町工場に来た事が何度かあるわ。えっと…名前は…」
お母さんのまさかの言葉に、俺の心臓は早鐘を打ち、とても平常心ではいられなかった。
「『相葉誠司』って、言わなかった?」
俺の声は、きっと上擦っているだろうな…。
「和也さん。この人の名前、なんで知ってるの?」
…つづく。