Side−A
翔ちゃんが熱を出したとのことで、骨折した人のためのリハビリ研修は、別の人ですることになった。
『今日のリハビリの研修は、別の方で…』
『えーっ!折角楽しみにしてたのにぃ…』
『リハビリはお遊びではありません。それに、研修を何だと思っているんです?そんなことでは…』
研修をして下さっている理学療法士の言葉は尤もだ。理学療法士の仕事は、リハビリをする人の力になり、手助けすることだ。いつでも誰でも、その人のためにリハビリを指導することだ。
だけど、やっぱり熱を出した翔ちゃんの事が気になり、僕は昼休憩で早目に弁当を食べ終えると、翔ちゃんの病室の前まで急いだ。
病室のドアが不意に開き、社長秘書の松岡さんと鉢合わせた。
「あなたは確か、雅紀くんといいましたね?」
「…ハイ、あの…翔ちゃ…いや、翔さんの熱は…」
「熱のことを心配で来られたんですか?それなら、今日一日安静にしていれば下がるそうです。」
「…そう、ですか。良かった…」
「良くなんか、ありませんよ。」
「…えっ?あの…?」
「まさか、あなたが翔さんを焚き付けたんじゃないでしょうね?!全く…社長があれ程、もう関わるなと仰ったのに。故意に車のブレーキを細工したヤツのことを調べ上げた挙げ句に、こんな目に遭うとは…」
「…なんの事ですか?」
「惚けないで下さい。翔さんは車のブレーキを細工され、それを知らずに斗真さんが翔さんの車を勝手に運転したのを、あなたが知らない筈はないんです。」
翔ちゃんが…?車のブレーキに細工された…って?
「ブレーキを細工した男は、昔あなたの『実の父親』と同じ所で働いていたそうじゃないですか?本当に、あなたに関わるとろくな目に遭わない。」
『お父さん』と一緒に働いていた人って…もしかしたらこの前、小峠さんから聞いた人のことなの?
「あなたが翔さんに頼んだんでしょう?あの男の事を調べてくれって…。斗真さんの怪我は幸い軽く済んだし、細工をするように指示した相手方のお嬢様の家は、櫻井グループと懇意にしている間柄。だから、社長は事を穏便に済ませようとしたのに。あなたが翔さんに頼んでご丁寧にほじくり返そうとするから、こんな目に…」
それじゃ…翔ちゃんがこんな怪我をしたのって…
「その人から…仕返しされた…って、ことですか?」
「ええ、そうですよ?だから、あなたと…」
「僕は…翔ちゃんから…何も聞いていないです。」
「…えっ?」
「本当なんですか?今の話…」
「え…あ、あぁ…。本当…ですけど…」
松岡さんは僕に話したことを後悔しているみたいで、目が宙を泳いでいる。
「…私は、これで…失礼しますから…」
翔ちゃんが…怪我をしたのは…
車のブレーキを細工した人のことを…調べてたから…
その人が『お父さん』と一緒に『北見モータース』で働いていたなんて…
翔ちゃんは…そのことを、知ってたの?
知ってたから、調べたの?調べたから…こんな…大怪我をさせられたの?
翔ちゃんが大怪我をしたのは、僕の所為かも知れない…
そう思うと、体の震えが止まらなかった。
…つづく。