Side−S


ようやく熱が下がって、今日からリハビリを再開した。


『あまり無理をすると、また熱が出るといけませんから…』と、今日は軽いメニューになった。



リハビリ室の反対側の場所で雅紀たちが研修をするのが見えた。


『座ってもらった後は、足首に重りを付けて、交互に足を上げる運動をやってもらいます。この運動は…』



いつも熱心に研修を受けている雅紀だけど、今日は何だか様子が違う気がした。


オレと目が合っても、目を逸らしてしまう。それも照れ臭くてとか、そういうのとは違う。明らかに、オレと目を合わせないようにと意識していて、気まずささえ感じる。



オレはリハビリを終えると、ヒロキさんに雅紀を病室に連れて来てもらうように頼んだ。雅紀に何かあったとしたら、昨日オレが熱を出して寝ていた間としか、考えられない…。




病室に来た雅紀は、やっぱりいつもと何かが違う。


「雅紀、昨日何があった?」

「…別に、なんにもないよ?」


「隠し事は無しだ。雅紀…ちゃんと、オレの目を見て話して?」

「……。」


「目を逸らすなんて、おかしいだろう?雅紀…お願いだから、ちゃんと話して?」

「…だから、何も話すことなんて…」


「昨日、誰と会った?その人に何を言われた?」

「…別に、誰とも会ってなんか…」

「昨日は、確か…松岡さんが来ていた筈です。そうだよね?雅紀くん、松岡さんと会ったんだよね?」


「……。」

「雅紀…松岡さんに何を言われた?」


「…だから、何も…」

「雅紀くんは松岡さんのためを思って黙っているのかもしれないけど、それは違うよ?」


「…そんなんじゃ、ない」

「…雅紀?」


「そんなことで、話せないんじゃない!」

「じゃあ、何で話せないんだよ!」


「…なんで…勝手なこと、したの?」

「勝手なことって、何がだよ…」


「翔ちゃんの…車のブレーキに細工した人のこと、調べたでしょ?その人は昔、『お父さん』と一緒に『北見モータース』で働いてたってこと…」

「なんで…それを知って」


「翔ちゃんは…僕の気持ちなんか、なんにも分かってない…」

「雅紀…何を言って…」

「雅紀くん!それは違うぞ!」


「何が違うの?翔ちゃんだってブレーキに細工されたこととか、細工した人のことを僕に隠してたじゃない…!」

「………それは」


…そうだよな…オレばっかり、勝手な思いを雅紀に押し付けてたことに気がつかなかった。


「松岡さんから何を言われたのか知らないけど、翔さんは雅紀くんに全部話すつもりでいたんだ。」

「…そんなの、信じられないよっ!」


「俺のことは、いい。でも、翔さんだけは信じて欲しいんだよ。」

「翔ちゃんの何を信じろって言うの?」


「翔さんは金や欲に塗れた人間ばかりに囲まれていて、信じるのに値しないヤツばかりだ。翔さんにとって信じられるのは、雅紀くんや兄弟達だけなんだよ。今ここで、雅紀くんに信じてもらえなければ、翔さんは独りになってしまう。」

「裕貴さん…」


「ブレーキに細工したヤツが『北見モータース』で誠司さんと一緒に働いてたことは、翔さんは知らなかったんだ。ソイツの写真をたまたま見た俺が…俺が言ったばかりに…」

「…雅紀が悲しい思いをするんじゃないかって…。でも、隠すつもりはなかったんだ。それだけは信じて欲しい。」


「……翔ちゃんがそんな思いをしてたなんて、知らなくて…ごめんね?」

「オレだって…雅紀のこと…」


涙で言葉に詰まったオレの手を、泣き顔の雅紀がそっと包み込んでくれた。





…つづく。