Side−S


マサキの胸元にある翡翠のペンダントが放つ光は、服やマントの上から抑えて隠せるどころか、一段とその輝きを増していた。


スオウの言うように、『翡翠の谷』が近づいているとしか思えない。



「…着いたぞ。」

「ここが…?」

「『翡翠の谷』なの?」


薄闇の中目を凝らすと、そこには一面の海と荒波に削られた岩々のみ。


「正確には『翡翠の谷』が現れる場所だ。」

「なぜ、そう言い切れる?」

「まさか…『翡翠の谷』が現れる場所って…」


「干潮になれば、分かることだ。その頃には日が昇り始めるから、もう少し様子も分かってくる。」



『スオウ、本当にここで間違いないのだな?』

「はい、フウマさま。間違いありません。マサキ皇子のペンダントが光っておりますので…」


思わず胸元を抑えるマサキ。その顔は不安な気持ちを抱えている様子が、誰の目にも明らかだ。


「フウマさま、干潮の時刻にはまだ間があります。前祝いに酒宴は如何かと…」

『酒宴か…。いささか気が早いのではないのか?スオウ』


「『翡翠の谷』の中は肌寒いと聞いております。体を温めるためにも、よろしいかと…」


スオウはなぜ、こんなにも『翡翠の谷』に詳しいんだ?


「ショウ皇子もマサキ皇子も、どうぞ。」

「……。」「…あの」


「ご安心ください。毒など入ってはおりません。」スオウはそう言うと、盃の酒をひと息に飲み干し、オレとマサキはひと口だけ口にした。


秀の国から国王を乗せた馬車が到着すると、いよいよ『翡翠の谷』が現れる時刻だと、一段と騒がしくなってきた。秀の国王を始め一同が固唾を飲み、その時を待った。



潮が引き始めると、マサキのペンダントがひとつの大きな岩を指し示すように光を放った。遠浅の干潟が現れ、その岩に続く道が出来ると、岩の下部には祠のような扉があり、波に削られたらしいその扉の隙間からは石段が数段ほど見えた。


『おぉ…!岩戸が現れたぞ!!』

『あれが…翡翠の谷の入り口か…!』

『あの石段を下った所には、翡翠が山のようにあると聞くぞ!』

『翡翠を見つけに参るぞ!』

『待て!秀の国王である私が先だ!』



松明を手に持ち、泥濘んだ干潟に足元を取られながらも、誰も彼も我先にと『翡翠の谷』を目指し泥を跳ね上げながら走って行く。


「ふん…実に浅ましい連中だ。しかも、一国の王たる者の、なんという欲深さだ。嘆かわしい限りだな。」


スオウの言うことは、尤もだと思う。


「さて、我々も『翡翠の谷』に向かいましょう。」


スオウの声に導かれるように、オレとマサキは『翡翠の谷』へと重い足取りを進めた。







…つづく。