Side−S
サク王女を庇って傷を負ったオレを見て、マサキは気を失った。
それが『分岐点』までの出来事だった…
だが、今の状況はそれとは全く異っていて…
スオウが翡翠のペンダントを掲げると、洞窟の向こうから波音が聞こえた。
『まさか…!』
『潮が満ちてきて波が押し寄せているのか…?』
『お…オレは泳げないんだ…!助けてくれ…!』
『お願いだ!止めてくれ!生きて国に帰らせてくれ!頼む…!』
洞内がざわめき始め、秀の国王に油断が生じたその時…
兵士の一人からマサキが剣を奪い取り、秀の国王の喉元にその剣を突き付け、形勢が逆転した。
秀の国王は流石に観念した様子で、スオウはペンダントを胸元に収めると、声を上げた。
「皆の者!此処から立ち去るぞ!」
『ま…待て!翡翠はどうなる?』
「もう直、翠の衛兵隊が到着するであろう。此処は翠の国の管轄だからな。」
『…そんな、国への土産が…』
『暮らし向きは、楽にならんのか?』
「翠の国との和睦を結べば、翡翠はいくらでもくれてやる。」
「なぜ、そう言い切れる?スオウ、お前は一体誰なんだ…?」
ジュン皇子が訝しい顔で、スオウを見上げた。
「あなたはサク姉さま…そうですよね?」
「…マサキ?」
「ふふっ…。我が弟には、やはり見破られてしまったか。」
「……まさか」
行方知れずになっていたサク王女というのは、この『スオウ』と名乗っていた男だというのか?『サク王女』が男だと偽ったことで、『分岐点』が変わってしまったのだとしたら…
オレが傷を負わなかったことで、マサキの記憶は塗り替えられたということになる。
驚くオレを尻目に、『スオウ』こと、サク王女は凛として佇み口角を上げた。
「マサキ、なぜ私が『サク』だと分かった?」
「『スオウ』という名前です。サク姉さまは、『スオウ色』の翡翠をお持ちですから。」
「ふふふ…。それまで分かっていたとは…。もう少し凝った名前にすれば良かったわね?」
「あの…『スオウ色』とは?」
「『蘇芳色』のことですか?それならば、この色です。」
サク王女はオレにもうひとつのペンダントを見せてくれた。それは大潮を呼ぶと言って掲げた薄紅色の翡翠とは違って、『蘇芳色』は黒味かがった紅色をしていた。
「じゃあ…あれは偽物?」
「あれはあれで、翡翠ではありますが、大潮を呼ぶことは出来ません。その代わり、幻聴を聞かせることが出来ますので…」
では、あの波音は幻聴だった…?
「…なぁんだ、そうだったのか。」
「安堵するのはまだ早いですよ?この蘇芳色の翡翠は本当に大潮を呼ぶことが出来ますから。」
「えぇぇっ?!」
「ふふっ…。安心してください。呼びはしません。」
…冗談キツイな、この王女さまは。
「くふふふっ…。サク姉さまは、相変わらずだなぁ…」
マサキの笑顔を久しぶりに見た気がして、気がつけばオレも釣られて笑っていた。
…つづく。