最近、コーヒー業界において、コンビニコーヒーのヒットなどでコーヒーを飲む消費者が増え、マーケットは成長を続けている。

一方で、お湯を注ぐだけで手軽にコーヒーが楽しめるインスタントコーヒーの生産量は減少傾向が続いている。

社団法人全日本コーヒー協会の統計によれば、インスタントコーヒーは、1983年には1週間当たり、一人5杯飲んでいたものが2012年には4.46杯になるなど、徐々に減少が続いている。


ちなみにコーヒー全体では1983年には8.6杯だったものが、2012年には10.73杯と1週間当たり一人2杯以上飲料機会が増えている計算。

このインスタントコーヒーで圧倒的なシェアを誇るのがネスレ日本。

「ダバダー、ダー、ダーバダー、ダバダー・・・違いが分かる男のネスカフェゴールドブレンド」などのCMの企業。

このネスレ日本は、日本のインスタントコーヒー市場でおよそ7割のシェアを誇るが、家庭内でのシェアは高いものの、オフィスを含む家庭外では苦戦を強いられているのが現状である。


今後売上を上げるためには、家庭以外のシェアをアップすることが至上命題で、前述したように家庭外ではコンビニコーヒーを始め、スターバックスなどのカフェ、ドリンクバーを提供するファミリーレストラン、
飲料メーカーの提供する缶コーヒーなど強力な競合がひしめき合い、なかなか顧客にリーチすることが難しい状況にあろう。




このような厳しい環境下、どのようなアプローチで家庭外のマーケットを攻略していけるのか?


① 最強のライバルへの対抗策を考える。


ネスレ日本にとって、オフィスを含む家庭外でのシェアアップを図るために最大の障害となるのが、今はやはりコンビニコーヒーといっても過言ではないだろう。

コンビニ各社は最近ではコーヒーを戦略商品と位置付け、販売に力を入れている。

セブン・イレブンなどは、100円で挽き立ての本格的なコーヒーが楽しめるセブンカフェを開始したところ、1年で5億杯近くを売り上げるという驚異的な成長を記録している。

このコンビニコーヒーに打ち勝たなければ、ネスレ日本の家庭外でコーヒーの売上を伸ばすという課題も解決できない。



そこで、まずはコンビニコーヒーに死角はないのかを検討してみる。

恐らく顧客にとっての購買までのハードルがあるとすれば、わざわざコンビニまで出向いて並んで購入しなければならないというポイントであろう。

忙しい現代人にとっては、いかにコンビニが近くにあるといってもコーヒー買うためだけに出向いていくというのは非生産的。
もし、オフィスに手軽にコーヒーを飲めるマシンがあれば、利用する確率も高まるかもしれない。

そこで、ネスレ日本が取った戦略が、オフィスに無料で自社のコーヒーマシンを提供するという方法である。


実際に購入すれば1万円程度するコーヒーマシンを、希望するオフィスに無償で貸し出し、コンビニに行かずとも手軽にコーヒーが楽しめる環境を提供することを試みた。

しかもネスレのコーヒーは1杯当たり20円と、価格がコンビニコーヒーの1/5で済むことも“売り”の一つといえるだろう。

このオフィスに無償でコーヒーマシンを提供する戦略は、社員が自宅でも同じものを使いたいと購入につながる副次効果も期待できるので、まさに一石二鳥ともいえるのではなかろうか。




② 安定的なビジネスのためにプラットフォームを構築する。


安定的なビジネスを展開するうえで、「プラットフォームを築く」ことは有効な戦略である。

ここでネスレ日本にとっては、職場に設置されるコーヒーマシンがプラットフォームの役割を果たす。

ネスレ日本では、現在の14万件の設置台数を2020年までに50万件まで拡大していくことを予定している。

単純計算すれば、実に現在の3倍を大きく上回る売上を上げる能力を秘めたプラットフォームが出来上がる計画といえる。

このようなプラットフォームは販売を拡大させるには、実に有効に機能する。

例えば、伊藤園は冬場に落ち込むペットボトルの緑茶の需要を高めるためホットで飲めるペットボトル緑茶を苦心の末完成させた。

ところが、当時はペットボトル緑茶を店頭で温める機械が販売店になかったために、伊藤園は自社専用のウォーマーを開発して10万店にも及ぶ全国の販売店に無償で提供したらしい。

このプラットフォームの構築にはもちろん莫大なコストを要したが、冬場のホット緑茶の需要を大きく高めることに成功し、コストを賄って余りある利益を実現することができた。



③ ツートップの波状攻撃が成功の鍵。


コストを自社で負担してプラットフォームを構築すれば、いてそのプラットフォームに乗せる製品でコストを回収し、収益を上げていかなければならない。

無料を武器に市場を切り開いたうえで、次の有料商品の波状攻撃で最終的な目標を達成できるようにする必要があるであろう。

ネスレ日本の場合は、コーヒーマシンで使うコーヒーカプセルがその役割を果たしている。

つまり、コーヒーカプセルは、原価にプラットフォームを構築するのに要したコストを上乗せした価格設定が成されているはず。

このような2段階のビジネスモデルを検討する際には『顧客生涯価値』という考え方が重要になってくる。

一般的に、ビジネスは取引ごとに必ず利益を上げなければならないと考えがちだが、最初は赤字でも長期的に採算ベースに乗せればいいという考え方もある。


おいらはいつもこの戦法を用いてきた。そのまま赤字で撤退もあったが。。。

この考え方が『顧客生涯価値』と呼ばれているものである。



『顧客生涯価値』に基づけば、まずは採算を度外視して顧客開拓を優先し、かかった費用を長期の取引の中で回収していくというビジネスモデルを展開することができるようになる。

例えば、プリンターなどもこの『顧客生涯価値』に基づいたビジネスといえるだろう。

プリンターは安いものであれば数千円からあるが、低価格のプリンターは本体を販売したときは赤字か利益が出たとしてもトントンで、長期に渡って繰り返し利用されるインクで利益を上げていくモデル。

まずは、プリンターの本体価格を極限まで安くすることにより顧客の購入に対するハードルを下げて、売れる確率を高めていき、そして、ある程度の販売台数が出ればそれがプラットフォームとなり、プリントに必要なインクを販売して、最終的に利益を上げていく。



④ 2段階ビジネスの注意点とは?


まず多大なコストを企業側で負担してプラットフォームを築き、その後の顧客の支払うランニングコストで収益を上げていく2段階ビジネスを展開する際には注意すべき点がある。

それは、プラットフォームの“タダ乗り”。

前述したように当初プラットフォームを築くのに要したコストはその後の商品に転嫁したうえで価格設定を行うために割高になることは避けられない。

ここで、割高な価格に目を付けた他社が、同様の商品をより安い価格で提供し、苦労して築いたプラットフォームに“タダ乗り”してくる可能性がある。

実際にプリンターでは、割高なインク代という弱点を突いて、低価格で詰め替えインクを販売する企業も現れてきているのが現状である。

プリンターメーカー側にとっては、インク代が顧客生涯価値を高め、最終的な利益を上げる生命線になるから、“タダ乗り”を断固阻止しなければならない。

そこで、訴訟を起こして低価格の代替品の販売差し止めを図るなど、ビジネスモデルの崩壊を食い止めようと尽力している。

もちろんネスレ日本にとっても、コーヒーマシンを無料で提供し、コーヒーカプセルは低価格の他社製を利用されれば、オフィスで手軽に美味しいコーヒーを飲むというプラットフォームを作ったとしても『骨折り損のくたびれ儲け』に終わってしまう。

プリンター業界のようなビジネスを脅かす状況に陥らないためにも何らかの対策を講じる必要があろう。

その対策として導入したのが『アンバサダー制度』だった。

アンバサダーとは、ネスレのコーヒーマシンを設置する職場の代表であり、職場の人にコーヒーマシンの利用を勧めたり、マシンを利用してコーヒーを選らんだ場合には、飲んだ分のコーヒー代を回収したりする役割を担っている。
つまり、アンバサダーとは、ネスレの社員ではないものの、ネスレの仕事を進んで代行する人なのである。

このアンバサダーは、ほとんどボランティアのような活動であり、ネスレにとってはモチベーションを維持していくことが重要な鍵を握る。

例えば、ネスレ日本ではアンバサダーに気持ちよく働いてもらうために「サンクスパーティ」などを開催して、アンバサダーによりネスレのファンになってもらうことを試みている。


「サンクスパーティ」では、ビュッフェ形式の食事が提供され、「キットカット」のなどの新製品の試食コーナーも用意されている。
また、イベントでは、ネスレ日本の高岡浩三社長を始めとして、芸能人なども多数登場し、写真撮影を一緒に行うなど、様々な企画でアンバサダーをもてなすらしい。

今後は全国10か所でアンバサダーやその家族、友人を招待して5000人規模のイベントに拡大していく予定だそうだ。


このようにアンバサダーとより深い関係を築いていけば、職場のコーヒーマシン利用も促進されることにつながりうるし、仮に互換性のある他社のコーヒーカプセルが低価格で販売されることになっても“タダ乗り”を防ぐこともできるというわけである。


無償でコーヒーマシンを提供しプラットフォームを益々拡大しながらアンバサダーとの関係を深めてインスタントコーヒーの売上アップを図るネスレ日本の深謀遠慮は成就するのだろうか?

1年後は生き残っているのだろうか?



成り行きに注目だ~