本論文は、ヨウ素低下と妊孕性の関係について検討したもので、米国のLIFEスタディー（Longitudinal Investigation of Fertility and the Environment）からの報告です。

 

Hum Reprod 2018; 33: 426（米国）

要約：LIFEスタディーは、2005～2009年にミシガン州とテキサス州の16地域で登録した避妊中の501組の夫婦（女性年齢18〜40歳、男性年齢18歳以上）を対象に、避妊をやめてから1年間妊娠を目指していただき様々なパラメータを前方視的検討したものです。尿中ヨウ素濃度の測定は、高速液体クロマトグラフィー＋タンデム質量分析計を用いて行い、ヨウ素／クレアチニン比で評価しました。ヨウ素濃度正常（100 μg/L以上）55.7%、軽度ヨウ素欠乏（50〜99 μg/L）21.8%、高度ヨウ素欠乏（0〜49 μg/L）22.5%であり、44.3%の方でヨウ素不足が認められました。高度ヨウ素欠乏（0〜49 μg/L）の方は、ヨウ素濃度正常（100 μg/L以上）の方と比べ、妊娠率は0.54倍に有意に低下していました。

 

解説：ヨウ素低下は世界的な傾向ですが、妊孕性との関連を示した報告はありません。ヨウ素摂取低下は1/3の方にみられ、ヨウ素欠乏症（<50 μg/L）が1970年代と比べ3.8倍になったとの報告もあります。また、妊娠していない生殖年齢の女性の30%でヨウ素不足（<100 μg/L）があることも知られています。本論文はこのような背景の元に行われ、44.3%の方でヨウ素不足が認められ、ヨウ素欠乏症（<50 μg/L）の方では妊娠率が0.54倍に低下することを示しています。

 

羊では、ヨウ素不足を補うことで妊娠率が増加したとの報告がありますが、ヒトでの報告はありません。本論文はヨウ素不足と妊孕性低下の関係を示したものですが、ヨウ素不足を補うことで妊娠率が改善するかについてのデータはありませんのでご注意ください。ヨウ素低下はTSH増加、甲状腺機能低下傾向になります。TSH増加や甲状腺機能低下は妊孕性低下の一因として考えられますので、ヨウ素低下→TSH増加、甲状腺機能低下→妊孕性低下のストーリーが有力でしょう。また、甲状腺ホルモン受容体は、卵子、顆粒膜細胞、卵丘細胞に存在しますので、卵子への直接作用も考えられます。ラットでは甲状腺ホルモンがFSHと協力して卵胞発育に関与するとの報告もあります。

 

さて、ヨウ素補充（海藻類など）により軽度の甲状腺機能亢進症（fT4増加、TSH低下）が改善します（fT4低下、TSH増加）ので、ヨウ素摂取によりTSHは増加するはずです。これは、上記の記載と矛盾します。この件については、厚労省の「統合医療情報発信サイト」に詳しく記載されていますので、下記にまとめておきます。

正常な状態であれば身体はTSHを介して甲状腺ホルモン濃度を正確にコントロールしています。ヨウ素摂取量が約100 µg／日未満に減少すると、TSH分泌量が増加し、甲状腺ホルモン（fT4）の産生を促進します。しかし、ヨウ素摂取量が約10〜20 µg／日未満に減少した場合は、TSHが増加しても甲状腺ホルモン（fT4）産生が抑制さてしまいます。また、この際に甲状腺腫を併発します。なお、米国科学アカデミー医学研究所の食品栄養委員会（FNB）が設定したヨウ素の推奨栄養所要量（RDA）は、成人男女150 µg／日、妊娠中220 µg／日、授乳中290 µg／日とされています。また、逆にヨウ素を過剰摂取（1100µg／日以上）すると、過剰なヨウ素が甲状腺ホルモン合成を阻害し、TSHによる刺激が増加するため、ヨウ素欠乏症と同様に甲状腺腫、TSH増加、fT4低下となります。分かりにくいかもしれませんが、ヨウ素は過少でも過剰でも甲状腺そのもののにダメージを与えることになり、機能低下に至ります。つまり、正常な調節機構（コントロール）の枠を外れてしまうわけです。

 

LIFEスタディーについては、下記の記事を参照してください。

2018.2.11「☆大気汚染と流産の関係」

2018.1.11「大気汚染による妊孕性への影響は？」

2017.10.24「流産に精液所見は関与するか？」

2016.10.17「夫婦の健康状態が妊娠に影響する」

2016.7.29「☆流産しにくい生活習慣とは？ その２」

2015.6.6「職業や健康状態と精液所見の関連」
2015.2.20「PFOA暴露による妊娠糖尿病のリスク」
2014.11.29「流産後に次の妊娠までにかかる時間」
2014.7.17「男性のフタル酸濃度の影響」
2014.3.20「太ると精子が悪くなります」