南方熊楠の宇宙―末吉安恭との交流/神坂 次郎

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スキポール、シャルルドゴール、JFK、マルペンサ、ヒュースロー、チェクラプコクのような様々な出自の人々が激しく混淆する場所にいると、至極、拍動亢進、胸中湧き踊り、五臓六腑、頭蓋を循環する血潮が煮え立つよな心持ちにさせられる。

私にとっては、“Proud to be JAP”、“Proud to be Yellow”を最も実感させられるひとときでもある。

象牙海岸くんだりの国々の絢爛豪華、原色燦々といった衣装に身を包まれた御仁らを目の当たりにしたりすると、こちらも負けちゃ居られねえやと胸を張り、As soon as、法被に着替えて、道祖神や神輿を担ぎ出すのは無理でも、和太鼓と笛太鼓、口三味線で梁塵秘抄ばりの俗謡でも奏でて、それから都々逸といきたい心境になる。

Ethnicity melting potのただ中にあって、自身の出自を卑下することほど、愚かしいことはないと思われる。

目に見えぬ不平等条約に縛られているかのように、わけても、西欧米系の人間に対して必要以上に卑屈になったり、あるいは自身の出自のことをケロリと忘れて、その国の人にぬけぬけと成り済ます極東人がちらほらといるのもたしかだ。

それも一つの処世術と認めるのにやぶさかではないが、出来る限り、異国においては、Go nativeを心がける一方で、自身の出自を威風堂々誇り、どんな輩に対しても毅然とした態度を取っていた方が、鼻つまみにしようとする輩がいる一方で、いっそう、分別のある人々からは、一目置かれるようだ。

どんな《紅毛人》に対しても卑屈にならず、毅然とした態度をとった先達といえば、真っ先に名前が上がるのは、南方熊楠だ。

熊楠が、各地で《紅毛人》としこたまやり合い、おおかたひるまずに、相手をコテンパにやりこめたエピソードの数々は、異国での身の処し方に戸惑う極東人、Melting potの狭間にあって気息奄々の極東人をとことん勇気づけ、したたか気丈にしてくれることだろう。


午後、博物館書籍に入りさま毛唐人一人ぶちのめす。これは積年予に軽悔を加しやつ也。それより大騒ぎとなり、予タムソンを罵し後、正金銀行へ之


1897年 11月8日付の『ロンドン日記』の一節などは、TPOによっては力に訴えることも辞さなかった熊楠の武闘伝のひとつだが、日記を全編にわたって熟読すると、《紅毛人》に対してだけでなく、時に、土耳古人、婦女、老婆などにもそれは見境がなかったことがわかる。

あえて熊楠を擁護すれば、引用した一節に《積年予に軽悔》とあるように、常々侮蔑され、口汚く罵られても、どうにか屈辱感を堪えに堪えてみたが、もうどうしようなく、堪忍袋の尾が切れた上での、だいたいがのっぴきならない所業ではなかったか。

伊東とカフェに飲、それより同車してバジングトンに至り、予は入浴。それより児玉を訪も中止、門に至り帰りて、又出、家の老婆を打ち、巡査と争い入牢

1898年11月17日の日記などは、「老婆に手を上げるなんてとんでもない!!」と思われる向きもあろうが、日々、黄禍論があちらこちらで囁かれていた、十九世紀末のロンドンのMelting potの狭間で、熊楠が、どれほど誹謗中傷罵詈雑言を受けていたかに、想像力の触手を延ばしていけば、あながち理解できないことではあるまい。



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