日本テレビの女子アナウンサーの内定取消と三菱樹脂事件/間接適用説と契約自由の原則 | なか2656のブログ

なか2656のブログ

ある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

1.女子アナウンサーの内定取消し
ネットでニュースを読んでいたら、弁護士の櫻井光政先生などが、ツイッターで「今どきどうかと思う」という趣旨で引用されておられる、つぎのような興味深い記事にいきあたりました。

Blogos「銀座でバイト」でアナ内定を取り消しだって?

■関連
(1)就活生に企業が採用等の面接時にデモ等への参加の有無を問うことは許されるのか否かについて
・就活生に企業が安保法案反対デモ等への参加の有無を問うことは許されるのか?

(2)日本郵政グループのかんぽ生命保険コンプライアンス統括部におけるパワハラについてはこちらをご参照ください。
・日本郵政グループ・かんぽ生命保険コンプライアンス統括部が非正規社員にパワハラ/ブラック企業

・再びかんぽ生命保険のコンプライアンス統括部内でのパワハラを法的に考える/ブラック企業

すなわち、来年の4月に日本テレビ女子アナウンサーとして採用予定の内定をもらった優秀な女子大生の方がいたのですが、彼女が銀座のクラブでホステスとしてバイトで働いていた経歴があることが発覚し、テレビ局が内定を取消したそうです。その取消しに納得がいかない女子学生の方は現在、地位確認の訴訟を提起して係争中とのことです。

2.三菱樹脂事件について
これは、昭和48年に最高裁判決が出された著名な判決である、「三菱樹脂事件」(最高裁昭和48年12月12日判決)を連想させます。かんたんに振り返ってみたいと思います。

(1)事実の概要
三菱樹脂事件の事実の概要としては、大学を卒業した原告が、民間企業である三菱樹脂にまずは3か月の試用期間として採用されたのですが、入社試験の際の身上書および面接において大学時代に学生運動生協の活動に参加していたことを黙っていたことを理由として、試用期間満了をもって本採用を拒否されたため、原告が三菱樹脂に対して従業員としての地位の確認を求めて提訴したものです。

(2)判決の概要
(a)間接適用説
判決の概要としては、思想・内心の自由(憲法19条)、法の下の平等(憲法14条)に関して判決は、憲法19条、14条は「国または公共団他の統治行為に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」とします。

つまり、そもそも近現代における憲法とは、「国家権力を制限することにより個人の自由を保障しよう」とする考え方、すなわち「立憲主義」にたっています(野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法 Ⅰ(第4版)』4頁)。そのため、憲法は基本的には個人の人権や自由を守るために国家権力を縛るためのものであるから、本採用を拒否された元学生と三菱樹脂という私人間の紛争には直接は適用されないとこの判決は判断をしました(いわゆる直接適用説の否定)。

そして判決は、「私的支配関係において個人の自由・平等に対する具体的な侵害やそのおそれがある場合には、これに対する立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、民法90条不法行為に関する諸規定等の適切な運用」により解決が図られるべきであるとします。

つまり、たとえば雇用の採用の場面で、男女の差別はもちろん憲法14条の平等原則に反するわけですが、しかし近年その原則を具体化した、男女雇用機会均等法などが制定されました。また、同様に、年齢による採用の差別を禁止する雇用対策法なども制定されました。このような立法措置によりまずは私人間の問題の解決が図られるべきであると判決はしています。

また、うえでのべたように、憲法が原則として国家権力を縛るためのものであることから、それを国民や民間企業などに対して直接ふりかざすことは望ましくなことから、判決は、憲法の趣旨を民法の私的自治に関する一般的な条項である民法1条(とくに民法1条2項の信義誠実の原則)や民法90条(公序良俗)に盛り込んで適用することにより私人間の紛争を解決するべきであるとします。

つまり、この三菱樹脂事件の例でいえば、元学生を仮に救済する判決を出すとしても、いきなり憲法19条、14条を持ち出すのではなく、3か月の試用期間とはいえ働かせたのだからいまさら雇わないのは信義誠実の原則に反するのではないか(民法1条2項)、また、多くの学生が大なり小なり学生運動をしていた時代に、多少の学生運動や生協の活動をしていたことをもって採用を拒否することは公序良俗に反するのではないか(民法90条)と考え、その背後の価値判断として憲法19条、14条の趣旨を考えるのです。このような最高裁の採用した考え方を、「間接適用説」と呼び、学説においても通説とされています。

(なお、憲法学の大御所である芦部先生のお弟子さんの高橋和之先生は、「無適用説」という立場に立っておられ、最近、その説が学説上、有力であるという話もあるようです。関心のある方は高橋先生の文献などをあたってみてください。)

(b)契約自由の原則
そのうえで、以下の判決の部分は学者や弁護士の方々の評価が分かれるところですが、判決は、わが国の憲法が、22条、29条財産権を認める資本主義制度であることを指摘したうえで、「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて(略)原則として自由にこれを決定することができる」「特定の思想、信条を有する者をそれゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法と」はならないと判示しました。

つまり、企業・使用者側に立つ弁護士の方の説明風にいえば、“雇用、採用を規律する労働法は民法の特別法であり、逆の言い方をすれば、原則は一般法である民法の考え方に従う民法の大原則は、私的自治つまり契約自由の原則である。つまり、契約を結ぼうとする両当事者の合意がさえあれば自由に契約を結べる。であるので、就職活動をする学生に企業を選ぶ自由があるのと同様に、採用しようとする企業側にも就活生を自由に選ぶ権利がある。”といった感じになります。

もちろん、いったん就活生が晴れて企業に採用され、雇用契約が開始して従業員となれば、労働法が適用されることとなり、いわゆる「解雇権乱用の禁止の法理」の判例を具体化した労働契約法16条などにより、かなりしっかりとその身分が保障されることになります。しかし、労働者となる前は、あくまでも労働者ではないので、労働法の適用の対象外となり、民法の契約自由の原則が適用されることとなります。

もっとも、三菱樹脂事件の判例は企業側を勝訴させたわけですが、やはり批判が大きく、企業側の弁護士の方の書かれた実務書などでも、採用前は「契約自由の原則」が原則であるとしつつも、かりに就活生を思想・信条などを理由に採用を断るとしても、思想・信条だけを理由として断ることは望ましくなく、諸般の事情を総合的に判断したうえで断るといった方式をとるべきであるとしています。(たとえば、安西愈『トップ・ミドルのための 採用から退職までの法律知識[十四訂]』など)

(3)判決の後
なお、これは若干余談ですが、私が以前、予備校で憲法の授業で講師の先生がやや雑談まじりにおっしゃっていたのが印象深かったのですが、この最高裁の後、三菱樹脂と原告との間で和解が成立し、原告の方は三菱樹脂で働くことができたそうです。そして、その方はとても有能で真面目な方だったようで、結局、その会社の役員にまでなったとのことです。このあたりには三菱のある意味フェアな社風を感じます。

3.まとめ
このような形で、三菱樹脂事件をかんたんに振り返ってみたのですが、この事件は採用において経歴などを理由に本採用を拒否した企業を勝訴させた判例ですが、昭和48年においてすらかなり社会的に非難され、判決後の和解では結局、その方を企業に雇い入れる結末となりました。

昭和48年ですらそうですから、約40年後の平成24年にもなる現在に、こういう経歴を理由として優秀な学生さんの内定を取消しした日本テレビの判断にはちょっと驚いてしまいます。日本テレビには法務部とかないのでしょうか。いやその前に人事部の“生きている化石”並みの判断に驚いてしまいます。どの企業もそうですが、しかしテレビ局は視聴者からのイメージがことさら大事な企業だと思うのですが。

それとも、日本テレビは、銀座のホステスのいるようなバーやクラブで酒を飲む人間はひとりも存在しない極めて品行方正で優等生な役職員の集団なのでしょうか。しかし仮にもしそうであったとしても、そのようなある意味偏った優等生の集団のメディアによって、現代の複雑な社会問題の深い部分であったり、うわっつらでない本質をえぐるような報道ができるのでしょうか。

近年は、セクハラだけでなく、マタハラ(マタニティー・ハラスメント)といった言葉も社会的に定着しつつあり、それを真正面から認める最高裁判決(最高裁平成26年10月23日判決)も最近出され、女性に対する差別について社会の目線が格段に厳しくなっています。

最近の某経済産業省の大臣についても、「SMバー」のことをことさら報道することは、それらで働く女性を差別するものだ、といった批判も起きているようです。SMバーについてですらそうですから、銀座のホステスといったよくある仕事に関する今回の裁判は、日本テレビ側にとって極めて旗色が悪いように思われます。

かりに日本テレビの会社としての判断として、”わが社の女子アナウンサーはこうであってほしい”という社内の基準があり、今回の女性の経歴がそれに当てはまらなくなったことが判明したとしても、いったん内定を出したという事実は、雇用の前ではあるものの、従業員になろうとする人間にとっては、厳しい雇用情勢の日本社会のもとでは大変重要なことであるはずです。また、わが国の社会は、いったんレールからはずれてしまった者の敗者復活を許さない、大変厳しい社会です。

日本テレビほどの大きな会社であれば、アナウンサーが無理というのなら、たとえば改めて試験をしたうえで事務職などとして採用するなどの方策をとることもできたはずです。

いきなり内定を取消して、社外に追い出すというやり方は乱暴であり、つまり、日本テレビという企業が、報道機関として、労働者や女性をどのような目線で見ているかについての本音を示す格好の指標になると思われます。

もし日本テレビにまともな法務部があれば、早期に和解をして裁判を取り下げて、できるだけ穏当な方向で問題の解決に動くと思うのですが。いずれにせよ、この事件のゆく末がいろいろな意味で注目されます。

■補足・内定の法的性質について
就活生は内定をもらうとその後の就活を終えるのが普通です。そこで、不当な内定取消しから就活生を守る必要性は高い状況です。

そこで、内定の法的性質が問題となりますが、判例は、内定によって、労使間に就労の始期を労働者の大学卒業直後とし、それまでの間は誓約書などに記載の採用内定取消事由に該当に基づく解約権を留保した労働契約が成立していると解します(就労始期付解約権留保付労働契約法説・最高裁昭和54年7月20日判決・〔大日本印刷事件〕、最高裁昭和55年5月30日判決・〔電電公社近畿電通局事件〕)

この考え方に立てば、内定期間中の内定取消は解雇権濫用法理の適用を受け、客観的に合理的と認められる社会通念上妥当と認められる場合のみ、内定取消ができることとなります(菅野和夫『労働法[第9版]』143頁)。

4.参考
・野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法 Ⅰ(第4版)』4頁
・小山剛「私法関係と基本的人権-三菱樹脂事件」『憲法判例百選Ⅰ(第6版)』24頁
・安西愈『トップ・ミドルのための 採用から退職までの法律知識[十四訂]』
・高橋和之『立憲主義と日本国憲法(第3版)』
・菅野和夫『労働法[第9版]』143頁


憲法1 第5版



憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)



トップ・ミドルのための 採用から退職までの法律知識〔十四訂〕



労働法 第10版 (法律学講座双書)





法律・法学 ブログランキングへ
にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ
にほんブログ村