東大が入試時のセンター試験の点数等で学生を特定することは個人情報的に問題ないのか? | なか2656のブログ

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1.はじめに
2月24日の夜にパソコンでツイッターを眺めていたところ、情報法高木浩光先生が、「はあ?」というツイートを寄せられている、弁護士ドットコムのつぎのような興味深い記事に行き当たりました。

・東大が「匿名ツイッターユーザー」を特定・電話で呼び出し―これって問題ないの?(弁護士ドットコム)



2.事実の概要
かいつまんで前提となる事実を要約してみます。

1月20日に、「イスラム国」による日本人人質2名の動画がネット上で公開されました。それを受けて、一部のネット上の住民たちが、その動画の画像をさまざまなバリエーションにコラージュして、それらをネット上にアップロードする遊びが流行りました。

そのようななか、ある東大生であるツイッターのツイート主が、1月29日東大構内で、人質2人の顔部分を、新旧東大総長の顔に差し替えたコラージュのチラシが貼られているのを見かけ、そのチラシの写真とともに「こんなのが貼ってあるから東大はクソ」とのツイートをツイッターで投稿したそうです。

ところがその数日後、その東大生は東大の学生支援課より呼び出され、“道徳的に問題である”との指導を受けたそうです。

ところで、東大側がこの東大生を特定した方法については、学生支援課は、「君のプロフィールや過去のツイートから特定させてもらった」「具体的には、科類、それとセンター試験の得点が大きな手がかりとなった」などと説明したそうです。

この東大の学生の特定の方法が、個人情報保護法制の観点から問題があるのではないかということが、ネットで話題となっているようです。

3.弁護士ドットコムの石井邦尚弁護士へのインタビュー
そして、この東大の事件を受けて、弁護士や法律問題の情報サイトである「弁護士ドットコム」が、この事件に関してカクイ法律事務所弁護士の石井邦尚氏にインタビューを行い、その様子を記事として2月24日付でウェブサイトに掲載しました。

弁護士ドットコムの記者は、今回のようなケースで、とくに大学が持っている入試時に取得した「センター試験の得点」の情報を学生の特定に利用してよいのかどうかを重点的に質問しているようでした。

4.適用すべき法律は何なのか?そして本当に「目的外利用」なのか?
石井弁護士のご見解を、弁護士ドットコムのサイトに掲載されたなかから何点か引用します。

記者‐それでは、大学がユーザーを個人特定するために、「センター試験の点数」の情報を利用するのは、不正にはならないのだろうか?

「個人の特定に結びつくような情報は、個人情報として、個人情報保護法により保護されています。」

「入試のために集めた『センター試験に関する個人情報』を、ツイッターの匿名ユーザーを特定するために利用するのは、『目的外利用』となります。目的外利用は、本人の同意がない限り、許されないのが原則です」

記者-原則ということは、例外がある?

「そうですね。同意のない目的外利用でも、たとえば『人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき』には許されます。詳しくは個人情報保護法16条1項と、16条3項2号を参照ください」
(後略)

5.検討
(1)適用すべき法律は何なのか?
このインタビューを読んでいると石井弁護士は、あたかも当然のように個人情報保護法が東京大学に適用されるとしているようです。しかし結論からいうとそれは間違いです。

東京大学は国立大学法人であり、国立大学法人は独立行政法人通則法2条1項にいう「別表に掲げる法人」に含まれます。そのため、独立行政法人等個人情報保護法2条1項がその法律の適用対象と定める「独立行政法人等」に該当することとなり、結論として、国立大学法人たる東京大学は、個人情報保護法ではなく独立行政法人等個人情報保護法が適用されることとなります(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第4版]』413頁)。

したがって、東京大学に個人情報保護法が適用されるという前提で、弁護士ドットコムの記者のインタビューに対して法的回答を行っている石井弁護士は、スタートラインで間違っています。

(2)入試におけるセンター試験の点数の利用は、本当に「目的外利用」なのか?
この点、石井弁護士はインタビューに対して、「入試のために集めた『センター試験に関する個人情報』を、ツイッターの匿名ユーザーを特定するために利用するのは、『目的外利用』となります。目的外利用は、本人の同意がない限り、許されないのが原則です」と回答しています。

個人情報保護法制の分野は、法律としては、個人情報保護法、行政機関個人情報保護法および独立行政法人等個人情報保護法が存在します。そしてざっくりといえば、どの法律においても、個人情報を取得しようとする側が、本人から個人情報を取得しようとする場合は、原則として、あらかじめ利用目的を明示しなければならないと規定しています。

この点、東京大学が問題となる独立行政法人等個人情報保護法4条1項柱書は、「独立行政法人等は、本人から直接書面(略)に記録された当該本人の個人情報取得するときは、次に掲げる場合を除き、あらかじめ、本人に対し、その利用目的を明示しなければならない。」と規定しています。

今回のツイッター主の東大生の事件では、入試のために集めた『センター試験に関する個人情報』を入学後の学生の指導などに使ってよいのか否かが問題となっています。入試の際の「センター試験の点数」というものは、受験生(本人)がまさに「書面」で提出した「個人情報」であるといえるでしょう。

そこで、あらかじめ東大(独立行政法人等)が受験生(本人)に対して「利用目的を明示」したものがないかどうかが問題となります。

この点、東京大学の公式ウェブサイト「学部入学」のページをみると、たとえば今現在は、平成27年度の『平成27年度 東京大学入学者募集要項』が掲載されています。

・平成27年度 東京大学入学者募集要項(PDF)

この募集要項5頁をみるとつぎのような記載があります。

個人情報の取扱いについて

(略)
出願にあたって知りえた個人情報及び入学者選抜に用いた試験成績は、入学者のみ①教務関係(学籍、修学指導等)、②学生支援関係(略)の業務を行うために利用します。」


すなわち、東京大学を受験する受験生達は全員この募集要項を受領し、そのうえで願書を書き、センター試験の点数の記載した書類などの必要書類を添付したうえで入学試験の申込をします。

ですので、この募集要項5頁の「個人情報の取扱いについて」の「5.」によって、合格者(入学者)に関しては、センター試験の点数を含む入学試験の際の点数等は、入学後の修学指導(学生生活における指導)の業務に使うということが、東京大学から受験生(本人)にあらかじめ明示されています。

したがって、今回の東大生の事件において、東京大学が、入試のために集めたセンター試験に関する個人情報をツイッター主を特定するために利用して、その学生を指導することは、独立行政法人等個人情報保護法4条1項に照らして適法です。

6.おわりに
余談ですが、私はこれまで、弁護士ドットコムは、弁護士の先生方への取材をもとにしたサイトであったので、ネット上のメディアとしてはかなり信頼をしていました。しかし、今回の個人情報関連の記事のあまりのレベルの低さに正直びっくりしてしまいました。

また、今回の弁護士ドットコムの記事の最後の部分には、この石井邦尚弁護士の経歴も紹介されています。東京大学法学部卒でさらにアメリカでLLMを取得と華々しい経歴が載っています。さらに、子供のころからコンピュータが好きで、現在、IT系の法務を専門とする企業法務弁護士と書かれており、この後ろの部分に関しては目が点になってしまいました。

今回の東大生の事件について、まず適用すべき法律を間違ってみたり、さらにメディアから取材を受けているにもかかわらず、ろくに検討すべき資料も調べずに「目的外利用だ」などと適当に見当はずれなことを言い出すこの先生は、本当に弁護士なのだろうかと疑問に思ってしまいます。もしこれが大学の法学部の期末試験や、司法試験等の論文試験であったら完全に0点でしょう。

個人情報保護法がまったくわかっていない弁護士に企業法務や、ましてやIT系の企業法務がつとまるのでしょうか。今回の事件の取材にあたって、よりにもよってこの弁護士を選んだ弁護士ドットコムの編集者や記者もどうしてしまったのだろうかと思いました。

個人情報保護法の逐条解説 第4版-- 個人情報保護法・行政機関個人情報保護法・独立行政法人等個人情報保護法



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