ドシリアス予定。真斗x春歌←那月。砂月 もしかしたら、途中R18に。(この章はR18ではありません)


「君の吐息」(真斗x春歌)

今日も同じ様な時間が流れて、
大好きな人の腕の中に包まれて寝る…筈だったのに。

「すまなかった」
「いえ」

少しの微笑みをくれる…目の前の人は…誰?


1.
「真斗君が…」
「え?」




最近は、来月から始まるドラマの撮影で、
帰りが遅くなると聞いていて、
その間に、真斗君の新曲に。と考えていた数曲の手直しをしていた。

デビューしてからの真斗君の魅力は、
煌びやかな芸能界と言う世界にも負けず、
艶やかになって、人気は増加する一方。

そして、
和の雰囲気を含むアイドル。
社長の付けたイメージは、ある大手お菓子会社のイメージと合致していた為に、
CMに出演が決まった。
そのCMで使われる曲には、私が真斗君を想っている気持ちを全部全部練り込めて作り、
デビューしたてのアイドルには有り得ないCD売り上げ枚数になっていた。

運命は、
プリンス様を手放す事は無く、
CMに出演していた恋人同士の人気が止まらず、
ドラマ化まで。

「嬉しい…よね」

毎日。
帰りが遅くなって、
お休みの日も少なくなって、
一緒にいられるのは、歌の練習の時。夜…私が寝た後に、そっと腕を差し入れてくれる時だけになっていた。

起きていたいのに、
一緒にいられる宝物の時間で使う曲を最上級に仕上げるのが私の仕事。
自分もプロなのだから。
気持ちを押し上げて仕上げている為に、
子供の寝る時間から数時間でベッドに潜り込まなくてはふらついて足元が危険になってしまって…。

一度。
無理して起きていた時に、階段から足を滑らせそうになり、
珍しく早く帰って来てくれていた真斗君の腕の中に
包み込まれていた。

___怪我をさせてしまう。

自分が怪我をするのは良い。
指だけは守る様に落ちれば良いのだから。
でも…。
大好きな。
大切な人を傷付けたくは無かった。

寝れない時は、
周囲の音が聞こえなくなる程集中して作業をした後。
誰も触る事の無い肌を丁寧に磨いて
教わったココアを一杯入れて、わざと時間をかけて飲む。

「邪魔…じゃないよね」

疲れている筈なのに、私を抱き締めてくれる腕を思い出して、
癖になった台詞を呟いた…。





ある日。
朝起きると、もう包み込んでくれていた筈の腕は消えていて、
リビングには、おむすびと一枚のDVDが置いてあった。

「時間のある時に」

丁寧に書かれた文字は、
最近メールでの会話が増えていた為に、
胸を締め付ける程、愛しいモノに感じてしまう。

すぐに走り込む様にテレビの前に座り込むとスイッチを入れた。


____♪

二人の愛の結晶とも言える曲で、
楽しそうに。
幸せそうに微笑む二人が写る動画が画面に映る。

久し振りに愛を囁く真斗君の格好良さ。
魅惑的な声色。
ドラマOPに使われる動画を見始めた時は、
全てが嬉しいモノに感じて、
無機質なテレビを抱き締めてしまいそうな程、
嬉しかった…筈なのに。

甘々な物語の流れが売りのドラマ。
数パターンの宣伝動画に場面が移ると、自分でも気付かないうちに
胸を掻き毟っている程、
切ない感情だけが湧き上がっていた。

「格好良い…です。真斗君。
…真…斗君」

一度。
心に黒い点が生まれてえば、
寂しさで弱った畑に嫌な香り、姿の作物が育つのは早い。
とても…早い。

ボロボロと涙が零れだして、
止まらなくなる。


___助けて。
助けて。
私を…。


何度目か。
心が痛んでも、愛しい姿を見ていたい為に繰り返し見ていると、

___♪

チャイムが聞こえて、
此処が真斗君の部屋だと言う事を動揺した心で見落としていた為に、
朝ごはんも食べていないのに、
着替えの為に、部屋の移動をしている筈も無いのに。
自室の様に、
扉の前まで移動してしまっていた。



…それ位。
心が軋んでいた…。




「はい」

それでも、
扉の前に『確認』
朝一緒に過ごす様になった始めの頃。
まだ真斗君と一緒に朝ご飯を食べられていた時に、
同じ間違いをした私の為に、趣味の習字で書いてくれていた扉文字に気付いて、
開く手を止めた。

「だめ…」

部屋の主なら、チャイムの後、すぐに鍵で入って来る筈。
たとえ自室でも、
中にいる私が準備出来る様にと、
必ずチャイムを鳴らしてくれている。
でも。
今の扉は動く事をしない。

「誰だろう…」

仲間達が多い寮だとしても、
先輩もいて、
社長と、数名。
自分達の仲を知っている人達以外がいる事もある。

歩みを緩めて、確認すると…
全身から力が抜けた。

泣いて。
求めて。
寂しがっていた体には、無理な力が入っていたのかもしれない。

頬に流れる涙。
そのままの状態で、扉を開いてしまった。

覗き窓の先にあった、
優しいガラス奥の瞳に、逃げを見付けてしまった為に…


「那月君…」
「はるちゃん?いるんですよねぇ?」
「はい」
「あっ。どうしたの?真斗君…は?」
「…ぅくっ」
「泣かないで。はるちゃん。ああっ」

寂しかった。
他の人の腕の中に包まれてしまう自分が嫌だったけれど。
もう…止められない。

差し入れのつもりで持って来てくれたのか、
大きな体躯が私を抱き締めるのを優先してしまった為に、
零れ落ちた、可愛い動物型のクッキーが足元に散らばるのを、
微かに見送りながら、
体から力を抜いてしまった…。


___真斗君。
寂しいです。
とても…とても…。

最後。
途切れる前に思った感情は、
とても冷たく嫌な温度のモノだった…。