*pixivの方が先にUPしています。


『天界から聞こえる音』(カミュ春)
 
致し方あるまい。
小さく溜息を零して、窓から空を眺めつつ紅茶が入っているカップに唇を寄せた。
 
以前は…このような事態に陥ったとしても、冷静に判断して対応出来たものが…最近では感情を隠さずに表に出すようになっていた。
 
___それでも俺以外が、焦っている事に気付きはしないのだろうが…。
 
コンコンコンコン。
 
明日共に買い物に出掛けようと話していた予定が…一本の電話で崩れてしまった事を、どのようにして春歌に伝えれば良いか考えつつ、俺は通常の声色を使って返事をする。
 
「入れ」
「失礼します」
「…あのっ。カミュ先輩」
「ん?」
 
ノックを丁寧に四回鳴らして、俺の返事を聞いてから入って来る丁寧さは…親の躾の賜物だろう。
あの時…突発的な出来事であったとしても何故…俺は自宅へと春歌を迷わず攫って来たのか分からない。
付き人、秘密保持、多くの理由を掻き集めたとしても…結局は本能的なモノなのかもしれなかった。
 
「こちらに」
「はいっ」
 
俺が一言声を掛けただけで、まるで待てをさせられていた小型犬のような感情剥き出しの状態で春歌はこちらへと駆け寄って来た。
…が…。
パタパタ走り始めた春歌の頭には…手にしたトレーの上に置かれたお代わり用の紅茶など意識の端へと押しやってしまったのだろう。
 
「危ないぞ」
「…えっ…ああっ」
「…くっ」
 
自室で寛いでいた為、長い足を畳むように重ねていた状態から解いて素早く愛しい体を片手で抱えて逆でトレーを受け取った。
 
「…すみません」
「少しは落ち着け」
「…はい」
「まぁ…お前が俺に会いたくて触れたかったのであろう?」
「…うっ」
「くくっ」
 
本当に…春歌の行動は単純で…俺の意識を砂粒程も使わずとも分かってしまう。
 
___だが…それが良いと思えてしまうのは…恋の病なのだろうか。
 
「火傷したらどうする」
「…それは…」
「まさか、この俺に治してもらえるから良いと思ってはいないだろうな」
「……はい」
「愚かな事だ」
 
テーブルの上にトレーを置き、春歌を抱えたまま体を回転させて、先程まで座っていた椅子に腰を掛けて…。
愛しい体を膝上に、そっと…まるで空から降り注ぐ雪が陸へと降りるような優しさで座らせた。
 
「お前が怪我をした後、俺がどのように思うか…考えてみろ」
「…あっ」
「分かったか?分からないのならば…逆を思えば良い」
「…カミュ…先輩が…火傷…嫌ですっ」
「ならば、少しは落ち着け」
「…はい」
 
シュンと音が出るように、消沈する姿。
 
他の者相手ならば、心を動かされることも無いシーン。
常に冷静であれと教育されて、細かな分析もしていない状態の筈でも…体が勝手に動き…春歌の顎を指で掬っていた。
 
頬を赤らめて。
己の愚かさを反省している。
だが…また同じことをするだろう。
俺の傍に置いておかねばならない。
いつでも触れられる場所に居させなければ。
 
___手首を俺の片手に縛り付けたい程に…愛しい。
 
「お前を護ってやろう」
「カミュ…先輩」
「違うだろう?」
「…っ」
 
他の事には疎い体と心でも、今求められている事は分かっているらしい。
頬に薄く見えていた春の色が…顔全体に広がっていく。
 
「ク…クリスザード」
「春歌。何をして欲しい?俺の機嫌が良いうちに決めるが良い」
「…っ…き…キスを…」
「ああ。与えてやろう」
「…んっ」
 
甘い吐息が唇を重ねていると、春歌の鼻先から零れてくる。
その音は、天界から聞こえてくる曲のように…美しく、甘い音色で俺を魅了して心を捕らえていく。
 
「誰にも渡さん」
「…はい」
 
次第に体から力が抜けていく。
腕の中から零れないように強く抱き締めながら…甘く香る首元に強くキスを落として、背中へと手を滑らせた。
 
___春歌。お前だけを愛している。