小さなナッジにでも | これでも元私立高校教員

これでも元私立高校教員

30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。

去年は最大30連勤だったが、一昨年は、51連勤なんてあった。


若い頃から、特別に働くことが好きなわけでもなく、そもそも努力や根性や頑張るとか、辛抱とか我慢とか、そういったものが大嫌いだった

私の学生時代の友人に聞いてもらえばわかる。

誰よりも怠け者だった


そんな怠け者が、多少疲れていようが体調が悪かろうが、自分の使命を果たそうとしている。

学生時代の友人が聞けば皆驚く。


ナッジという言葉がある。

ナッジ(Nudge, 本来の意味は「(合図のために)肘で小突く」、「そっと突く」)は、行動経済学、政治理論、そして行動科学の一概念であり、これは集団あるいは個人の行動と意思決定に影響を与える途として用いられる。


私は大学の合格を目指す受験生の応援をする。

でも、きっとそれはナッジの1つだ。

その過程において、どのような新しい良い影響を及ぼすことができるか、つまり、未来社会で生きていくための思考を身に付けることができるか、そんなことを考える。


私は「希望が有る」という言葉が好きだ。

これは、私にとってのナッジだ。


逆に言えば、昔のように怠けてしまえば「希望が無くなる」し、それは私にとって全てを失うことになる。


ここにいろいろなことを長い期間を書いてきた。

なかなか伝わらないことや、妙な文章も少なくない。

でもきっと、空を見上げる人には伝わるし、「希望が有る」人に届く。


私は、そんな小さなナッジでも良いのでそっと、誰かの背中を押して、その押している姿を少しだけ見てもらえればそれで良い。


この10年間、いろんなことがあったけど、これからも死ぬまで、そんなふうに生きて行けたらいいなと思う。


そしたら、もしかしたら

「もう充分足りてるよ」

そんなふうに褒めてもらえるかもしれない。