もう書きあきたが、北海道マラソンが終わってから好調である。昨日はランオフだったか、今日は美瑛の丘巡りコースを開拓してきた。ぐるっと回って20kmあまり。これに美瑛川堤防を加えると30kmになるのだが、明日はレースということもありやめた。それでも終盤は下りを利して5分台にペースがあがり、平坦になってもどんどんペースアップ。最後のラップは4分台だし、ラスト200mはForerunnerでは3分台を示していた。もしかして、明日は5kmで20分台が出るかも?
さて、レースは20kmを過ぎ、いよいよ終盤(?)にさしかかってきました。
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コースは新川通に入る。昨年までは左側の車線に入り、復路では反対の車線だったが、今年はコース変更により右側の車線のみを使用している。そして右側を走行するのでちょっと感覚的に馴染めない・・・かと思ったがそうでもない。そんなことが気にならないくらい弱っている(笑)。
左側はゴールを目指すトップグループの選手たちが走っている。しかし時間的に、先頭の選手たちはとっくに通り過ぎているはず。ところが私が新川通にはいるのとほぼ同時にojimuneさんが走っていったように見えた。えっ?トップグループにいると信じていたのに・・・。いや、きっと見間違いだ。そう自分に言い聞かせる。
中間点を通過。時計を止めなかったが、1時間57分台。このタイム×2で走れるのが、私の走りの特徴だ。しかし・・・。
反対側に設けられている35kmの給水所。そこのボランティアスタッフは、こちらを走るランナーにも大声でてを振りながら声援してくれる。そういえば昨年も、北24条通の15km地点過ぎを走っていたとき、反対車線の30km給水のスタッフが応援してくれていた。私はそれに応えて「必ず戻ってくるからね~」と叫んで喝采を浴びたのだった。よし、今年も・・・と思ったのだが、今年は「ありがとう」と言って手を振るのが精一杯だった。「戻ってくる」とは、どうしても言えなかった。
新川通から琴似栄町通に入り、しばしの間は中央線寄りを走り、上位選手を見る。女子のトップのチバちゃんも(女子では)独走状態でやってくる。「チバちゃん、がんばってぇ~」と声をかけたが、頑張らなければならないのは私の方である。札樽道の下をくぐるあたりではソンスさん もやってきた。大きな声をかけエールの交換。いつもはこれで私も大きな力を得られるのだが、今日は思うように力がみなぎってこない。
新琴似一番通に入る手前で猿吉君 と遭遇する。私同様走り込めていない猿吉君 。私に追いつかれたということはここまでか?
「今、ペースは5分半くらいですか?」
「いや、5分半から40秒の間に落ちてきてる」
それを聞くと猿吉君 はペースをあげた。私もついて・・・いけない。今のペースが限界だ。1kmごとのラップを見ると、下りが終わった15km以降、5分36秒前後のラップをずっと刻んでいる。5分36秒でちょうど5km28分。このペースで40kmまで走り通せば、関門はすべてクリアできる。それをできるのが私の強みだ。ただ、昨年まではこのあたりはまだセーブしながら走っていた。しかし今年は・・・。
新琴似一番通では中央寄りを走るのをやめ、また沿道の声援に応えながら走った。これから次々と仲間たちは折り返してくるはずだが、私の足は自然と歩道側に寄っていった。
23kmまでは5分30秒台をどうにかキープしていた。しかし24km地点では、時計はついに5分44秒を示していた。これはまずい。40秒台に入ってしまうと貯金を吐き出すことになってしまう。ほとんど貯金がないだけに・・・。私はペースアップを試みた。
25km通過タイムは2時間19分12秒。関門閉鎖48秒前。ついに1分を切ってしまった。この間の1kmも5分46秒。逆にペースが落ちている。ここで上げないと、30km関門はクリアできない。
25km関門を通過して多くの仲間と遭遇した。R子さん、YANCOさん 、naviさん ・・・。YANCOさん さんもnaviさん も初の完走に向けて引っ張っていってあげたい。しかしもはや余力は残ってなさそうだ。結局みんなに置いて行かれ、R子さんと併走になった。
R子さんとは昨年の北海道マラソンでも、今年のサロマでもゴールタイムは1分も違わず、ほぼ同じ走力の持ち主である。おまけに誕生日まで一緒(彼女の方が若いけど)。ここでともに失速してしまうのか?懸命に頑張った。
26km通過タイム。2時間25分15秒。6分03秒かかっている。とうとう6分台に落ちてしまった。絶体絶命だ。
なんとかしぶとく粘ろうと思っても、もう足があがらない。追分通に入り第1折り返しに向かうと、折り返してきたランナーとすれ違うそちら側は天国、そしてこちらは地獄。天国の側を、OLランナーさん 、ますたー 、Kuriさん らが次々と走り去っていく。
27km通過タイム。2時間31分37秒。30km関門の閉鎖時刻まで16分23秒。この間の1kmは6分22秒と、また落ちた。もう絶望的な状況である。
サロマの90km関門を通過したあと、前方からはまだ何人かのランナーがやってきた。もはや90km関門を通過できる可能性は0%。そんなことはみんなわかっているはずだ。それでも彼らは立ち止まらなかった。ひたすら前を目指していた。あの姿を見せられた私は、自らレースを放棄することはできない。R子さんとも、とにかく止められるまで走ろうと話しながら走った。
28km通過タイムは2時間38分20秒。30km関門閉鎖時刻まで9分40秒。4分50秒ペースで2km。今の私に走れるはずがない。やがてR子さんにもついていけなくなってきた。
スポンジポイントや給水所のスタッフからは元気に声援を送られる。関門制限時間、そして足取り。もう関門に間に合わないであろうことはみんなにもわかっているはず。それでも最後までこうして声援を送ってくれる。もはや体は言うことを聞かなくなっているけれど、この声援によって「へこんでなんかいられない」と強い気持ちがよみがえってくる。1人1人の声援に丁寧に応えながら第2折り返しを曲がる。
ここでも給水所から大声援。今年は元気な姿を見せられなかったけど、来年はここの給水所を颯爽と駆け抜ける!心の中で私は誓った。
29km通過タイムは2時間46分04秒。残りは1分56秒。そして・・・。
「時間になりました。ナンバーカードを外して、歩道に上がってください」
係員の無情の声・・・と言いたいところだが、正直言って救いの声だった。25kmを過ぎてからは、早く止めて欲しかった。そのくらい体は重くなっていた。
走り始めてから92レース目での初リタイアである。
ここまで常に綱渡りのようなレースで関門をクリアしてきた。北海道マラソンもサロマも。そんな私が練習不足のままで迎えた北海道マラソン。やはり甘くはなかった。最初から最後まで苦しいレースとなってしまった。
しかし苦しいながらも楽しめた。なんといっても道内のランナーの、いや、全国のランナーの夏の祭典である。この舞台に立てるだけでも満足。そう思ったからこそ、逃げずに挑戦できた。
この無念をバネにして、ランナーとして成長を遂げることができれば、このリタイアも無駄にならないはずだ。来年こそは今年の分まで楽しんで走りたいと思う。
2006北海道マラソン歓走記、了
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今日の練習内容
自宅~新栄の丘~四季彩の丘~拓真館~千代田ファーム~三愛の丘~自宅。21.7kmを2時間21分33秒。キロ6分30秒少々。
今月累計 32.0km。
さすがにアイシングをしても右膝が痛い。
体重 66.6kg 体脂肪 15.0%