「先に生まれただけの僕」第1話のペップトーク解説 | 映画でペップトークとアファメーション(Pep Talk & Affirmation)

映画でペップトークとアファメーション(Pep Talk & Affirmation)

ペップトーク(Pep Talk)とは人を元気にする短いスピーチで、コーチングの最後のスキルとも言われているそうです。映画に出てくるペップトークを通して、みなさんにもペップトークを知っていただければ幸いです。

 前回予告した通り、第一話にさかのぼってペプトークの解説をしたいと思います。

 

 

 

 正直なところ、ペップトークの本が登場する以前に題材があるのか不安でしたが、第一話に関しては、とても参考になるものがありましたのでご紹介いたします。

 

 

 

【背景とあらすじ】

 

 

 総合商社・樫松物産に勤める鳴海涼介 (櫻井翔) は、抜群の営業力で青森にある子会社の赤字経営を立て直した。
 ある日、彼は、東京に戻ってくるようにと上司に命じられる。
 次の役職はなんと、高校の『校長』。いわば左遷であった。
 会社が経営する私立京明館高校が毎年赤字で、鳴海はその京明館高校の経営再建を任されたのであった。
 鳴海は戸惑うものの、サラリーマンとして会社の決定に従うしかなった。

 

 

 

【ペップトークのシーン】

 

 

 

 父親が蜘蛛膜下出血で倒れ、大学進学を諦めなければならないと落ち込む特進クラスの優秀な生徒に、担任の教師は奨学金を使っての大学進学を進める。

 奨学金を利用しての大学進学には賛成するものの、奨学金が就職してから返さなければならない借金であることをきちんと生徒に伝えなけばならないと思う、正義感の強い校長。

 彼は生徒と向き合って、奨学金を使った大学進学について、その内容を説明したうえで、生徒を励まします。

 

 

51’34”~

 

 

 僕は奨学金で大学に通ってたんだ。

 中学のときに親父が死んでね、家に金が無くてさ。

 そのおかげで大学は卒業できたんだけど、奨学金が借金だと実感したのは就職してからだった。

 そこそこの会社には入れたんだけど、最初の給料なんてたいしたことないからさ。

 そこから3万近く引かれるってのは、かなりきつかった。

 今でも払い続けてる。

 利子含めると600万近くなるからね。

 全部払い終わるのにあと10年かかるよ。

 でも、そんなことになるなんて、聞かされた記憶が無いんだよね。

 もしかしたら高校の先生が言ったのかもしれないんだけど、

「奨学金はあとで負担だぞ。よーく考えろ」

そんな言い方は絶対してなかった。

 僕は一応返してるけど、きつい思いをしている人はたくさんいると思うよ。

 大学は出たけど、入った会社が潰れちゃった人、奨学金の返済で貯金ができなくて、結婚も諦めているような人もね。

 でもね加瀬君、僕は君に大学進学をあきらめてほしくないんだ。

 僕は君に大学に行ってほしい。

 奨学金は大変な借金だよ。

 だから君は大学に入っても一所懸命勉強しなきゃいけない。

 必要な単位は全部取って、遊びもなるべく終活に活きるような契機にして、ちゃんと4年で卒業してしっかりとした仕事に就かなければならない。

 それでもこの先、世の中どうなるか分かんないよ。

 一流企業は潰れるかもしれないし、少子高齢化はどんどん進んでいくし、世界情勢は激変していくだろうし、沢山の仕事はロボットにとってかわられるかもしれないし、そんな将来が待っているかもしれない。

 だから、生きていくのに必要なスキル、スキルってわかるかな、君の代わりがいないと言われるような人に必要とされるチカラを身に付けていかなければならないんだ。

 今の君にその覚悟があるなら、奨学金もらって大学に行け。

 

 

 

【ペップトークの解説】

 

 

 

 この校長先生の生徒に対する言葉だけ聞くと、生徒に対する思いやり、生徒の将来に対して真剣に考えている気持ち、生徒を励ましたい気持ちは感じられますが・・・

 

 

 

 この言葉を聞いた生徒の反応は・・・

 

 

 

「校長先生、聞きたくなかった。そんな怖い話、聞きたくなかったよ! 今決められるわけなじゃんそんなこと。無理だよー!」

 といって走り去ります。

 

 

 

 もちろんドラマの設定ですし、新任の校長で生徒への接し方もまだ未熟です。

 

 

 だからこそ、この校長の「励ましの言葉」には、その未熟さが沢山こめられていて、脚本家の巧妙な仕掛けに脱帽するばかりです。

 

 

 

 ペップトークをきちんと勉強していない人が他人を励ますときに陥る悪い例という意味では、これほど素晴らしい教材はありませんね。

 

 

 

 それでは順を追って解説していきましょう。

 

 

 

 まず冒頭で、自分自身の育った環境が貧しく、奨学金をもらって大学に進学した体験を話しています。

 これは、相手と同じ立場にあり、同じ悩みを共有できる立場にあることを伝えるうえでは、とても良いことだと思います。

 自分自身の体験からも、校長としての立場からも「奨学金が借金であること」をきちんと生徒に伝えなければならないという責任感からの言葉ですから、ネガティブな表現にならざるを得ないという背景もあると思います。

 ここでの失敗の第一の要因は「でも」という言葉にあります。

 過去の解説でも何回か書きましたが、「でも」という一言はそれまで説明したことを全部無駄にしてしまうので、ペップトークでは「禁句」に近い単語です。

 「でも」という表現は、それを否定して新たな状況説明をするときに使いますが、聞き手にとっては先に説明された否定的な状況を強調するかのように感じてしまったり、自分自身を否定されているように感じ取ってしまったりします。

 

 

 

 失敗の第二の要因は、否定的な状況を肯定的にする「イメージのパラダイムシフト」が組み込まれていないこと。

 学費の心配をしなくても良い他の生徒に比べて、今は大変かもしれないが、この逆境を乗り越えることが君の成長につながるチャンスなんだということを伝える必要があります。

 生徒が知っている偉人が、経済苦を克服したからこそ、その地位を築いたといった事例を引用するのも良いかもしれません。

 

 

 第三は、「苦境を乗り越えたときに拓ける明るい未来」を提示していないこと。

 「先行き不透明だからこそ、大学を出てスキルも身につけなければならない、だから大学に行くべき」というのは正論でしょうが、だからこそ苦労して大学を卒業した時に拓ける「明るい未来」を示してあげないと、やる気のスイッチは入りません。

 ペップトークは「やる気のスイッチ」を入れるのが一番の目的ですから、そこが欠落していては励ましにならないということです。

 

 

 

 サラリーマンから突然校長になった人が、どう成長して、どう生徒を励ますことができるようになるか・・・

 最終回で素晴らしいペップトークを連発しているので、ある意味ネタバレになっていますが、その成長過程を追って、ペップトーカーへの軌跡をレポートできるかもしれないと思うと、第二話以降も楽しみです。

 

 

ではまた。

 

 

image