火星人の小学生
子供が三人いる。
そのうちの一人、七歳になる息子は、たぶん火星の住人である。
「たぶん」というのは、私が火星に行って確認したわけではないからである。
でも、属性的には火星の人、ということになるのだと思っている。
オリヴァー・サックス博士というお医者さんの書いた、「火星の人類学者」というエッセイ集がある。そのなかに、アメリカ在住の、ある火星人女性についての話が出ている。その人の名前は、テンプル・グランディン。彼女は自ら博士号を持つ天才肌の研究者であり、ある分野の第一人者でもあるのだが、火星人でもある。
地球のことばでいうと、彼女は、「自閉症」というタイプに分類される人ということになる。
それは、一般的には「知的障害」とよばれるものであるけれど、彼女は知性によってある研究分野の第一人者になった人である。
火星人としての資質、すなわち「自閉症」は、グランディン氏に地球生活上のさまざまなハンディをもたらしたけれど、同時に、大きな才能の可能性をも与えたらしい。彼女の脳は、設計・建築の仕事においては、コンピュータよりも高性能な情報処理能力を持っている。
けれども、地球で「普通に」暮らすことは、彼女にとっては甚だしく困難であるという。まるで火星の人類学者になったような気分で、日々、適応の難しい地球の暮らしに直面しているのだという。
私の息子も「普通」の暮らしに適応することが難しい。また私も、息子の「普通」を理解することが難しい。
だから、日々、とんでもないことが次々と起こる。
わけのわからない騒ぎと混乱にまみれて、私達は暮らしている。
もっとも、息子にとっては、周囲の人々のほうが、よほどおかしいことをしているように見えているのにちがいないけれど。