今や全国区の知名度を誇る、近鉄戦士
近鉄 → 中日 → 西武 金村 義明 さんです!
1981年 報徳学園高校に在学中、春夏甲子園に連続出場を果たします。エースで4番を勤め、夏の大会では全国優勝を果たしました。
そして、同年のドラフト会議で、近鉄バファローズから1位指名を受け、入団します。当時は阪急がよかったようです。
入団直後は投手だったものの、すぐに内野手へ転向。入団当初は中々1軍に定着できなかったものの、佐々木 恭介コーチの指導の下、頭角を現し、1986年にフル出場で1軍定着。
パンチパーマ、派手な時計や振る舞いから、「いてまえ大将」のニックネームが付きましたw
1994年 後の大阪近鉄時代の中心選手となる、中村 紀洋選手の台頭により、同ポジションを奪われます。
その結果、FA宣言をされました。
1995年から、中日ドラゴンズへ移籍。中日からしては初のFA権を行使した選手の獲得となりました。
しかし、ダネル・コールズや、レオ・ゴメスの同ポジションの外国人にポジションを奪われ、出場がでませんでした。
そして、
1997年開幕直後 元近鉄で同僚だった小野 和義投手とのトレードで西武ライオンズへ移籍します。
西武では、指名打者・ファースト・代打として活躍し、リーグ優勝に貢献。
1998年の、横浜ベイスターズ38年ぶり日本一を成し遂げた試合では最後のバッターでした。
その翌年の1999年 体力低下から引退を決意。
引退後は、ジャンクスポーツから全国区の人気となり、多くの番組に出演。
フジテレビの解説やスポーツニュースでもその姿を拝見することができます。
話が上手い金村さん。更なる活躍に期待です!