「はい、幸せになりましょう。」
俺の腕の中。
俺の唯一の女は。
これ以上はないというほどの満面の笑みをたたえて。
「一緒に。」
俺と幸せになると、誓ってくれた。
「……………。」
へにゃり、という表現がいいのだろうか。頬を赤く染め、ふにゃふにゃと締まりのない笑みを見せる腕の中の少女は、なんというか………。
――― か わ い い ―――
何だこの物体は。奇跡か、奇跡なのか!?
以前、モロにくらったキューティーハニースマイルでも理性の殺傷能力がやばいと思っていたが、これは………。
ちらり、ともう一度視線を向けてみる。
ちょっと潤んだ瞳を幸せそうに細めて、俺を見つめる……その、顔。
しばらく見つめると、恥ずかしそうにしながら、少しだけ俺の胸元にすり寄ってくる愛らしい仕草。
「……うん。」
いつだったか。社長が言っていたな。
―――お前の理性のヒモは枯れた輪ゴムか?―――
……うん。それは違うと言いたい。ブチブチ切れまくっていたら、今までこの娘が真っ白な乙女であったはずがない。
「幸せになろう。」
二人で幸せになる方法は山とある。
それは例えば、
毎日のあいさつ。
会話を楽しむこと。
同じ空間で時を共有すること。
一緒にご飯を食べること。
抱きしめて口づけて…ちょっとしたふれあいで安心感を得ること。
穏やかで満ち足りた、二人で築く『幸せ』。
でもそれは、今、この瞬間の感情とは違う。
また社長の声が聞こえた。
―――じゃ、紙縒りか。―――
……紙縒り。意外と丈夫。引っ張ってもちぎれない。だが、元は所詮、紙。
ちょっとした刺激でモロモロのボロボロになり、枯れたゴムより原型をなさなくなる。
「一緒に。今すぐ。」
……うん。今の俺の状態に合致した。俺の理性は『紙縒り』で決定。
彼女が俺のことを好きだと判明した今。
俺の理性はモロモロのボロボロで、チリチリになりすぎて、もはや『無』に近い。
理性のない男は単なるケダモノ。
しかも、ご丁寧に獲物は腕の中。
相変わらず甘いいい香りがする、柔らかくて暖かい、とても美味しそうな、この世で唯一の俺の『女』。
「…………え。」
腕の中の『女』がピキリ、と音を立てながら固まった。
今まで蕩けるような笑顔を向けてきていたというのに、一瞬のうちにその表情から血の気が引いていき、『困惑』という文字が額に浮かぶのが見えた。
右頬には『恐怖』、左頬には『絶体絶命』という文字まで見える。
そうだね、君はこんなことになるだなんて、想像もしていなかっただろう。
『敦賀蓮』は紳士だ。
女性に優しく、同性にも丁寧に接し、誰に対しても礼儀を払うことを忘れない。
だが。
君を愛する『男』である俺は、君以外の女性はどうでもいいし、君に近づく男は万死に値すると思っている。
君をいじめることが大好きだということは、君にちょっかいをかけるのが大好きだということで。
君が俺を見てくれるためであれば、どんなことだってするし、それがちょっと嫌がられることでも、存在を消されることではなく、むしろ印象に残ると分かればむしろ率先してやり続けるだろう。というか、絶対にやる。
「あ、あの……。つ、敦賀さ………。」
「ん?何?」
一緒に今すぐ幸せになるためには場所がいけない。リビングでも構わないが、色々と初めての彼女には、ちょっと刺激が強いような気がする。
本当は、どこか適した場所を予約して、色々とお姫様のような扱いをした上で挑む方が彼女のためなのかもしれないが、もはや理性が無の俺に、それを手配できる余裕はない。
それに、そんな場所より、俺のホームの中にあり、一番リラックスするあの場所で、彼女の『初めて』をもらえたら………。
「イイよな……。」
「え!?な、なにが…というか、ど、どこに向かわれているんですか!?」
うん、とても興奮する。
だが、今すぐここでコトに及んではいけない。さすがに男として最低だ。とにかくあの場所まで移動しなければ。
だから気を紛らわせようと思って、困惑し、本能的な恐怖ゆえか逃げようとする彼女を腕にしっかりと抱きしめて、少女の顔中に口づけを落とす。
「うぅん!?」
「……ヤバい、余計に興奮するな………。」
だが、唇同士を触れ合わせる段になると、気を紛らわせるつもりの軽い接触が、より興奮を増させてくる。
でも、いいか。もういいよな。俺は十分頑張った。『敦賀蓮』の紳士的な仮面を、よく彼女の前でかぶり続けたじゃないか。
もう、全てを開放しても許される。
「つ、敦賀さん………。」
「蓮って呼んでよ、キョーコ。」
「だ、ダメです………。」
「ん?何でダメなの?いいじゃないか。俺たち、愛し合う恋人同士だろう?」
長い口づけの余韻か。頬を赤く染め、少し潤んだ瞳で脱力しているキョーコの額に口づける。「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げながらも、力なく俺に抱かれるキョーコは、立派な『女』だった。
小さな拒絶の言葉も、俺の口づけから逃れようと弱弱しく左右に振られる頭も、全てが可愛らしく、情欲を誘う。まるで愛の営みの駆け引きのよう。
たくさんの口づけを与えながら、ゆっくりとキッチンからリビングに移動し…そして、目的の場所へ。
「ダメです、敦賀さん……。」
「大丈夫。初めては誰だって怖い。でも、俺が傍にいるから。だから、安心して俺に任せてくれたらいいんだよ?」
こんな可愛らしい女性を、初めて汚すのが俺だと思うと、もう止まらない。
優しく聞こえるように意識して言葉を紡ぐけれど、足は止めない。
泣きそうな彼女が可愛い。泣かせているのが俺だと思うとたまらない。
これからたくさん泣かせて、もっと色々な彼女が初めて浮かべるだろう表情を見るのは俺なのだ。そう思うと……もう、誰も俺を止められないだろう?
「だって、だって……っ!!」
「どうしたの?大丈夫だよ?」
大丈夫ではないだろうが、ここは強引に押し切るべきところ。でも、騙しているわけではない。大丈夫じゃないだろうが、俺が全て担うから。
「敦賀さん、さっき、言っていました……!!」
「え?」
そうして、調子に乗っていた俺は。
「だから、私、頑張ろうって、思ったのに……!!」
もはや跡形もないと思っていた理性の欠片たちが、彼女の本気の泣き顔で徐々に形を整え始めていくのを感じ。
「……え、俺、何を言ったかな?」
キッとこちらを睨み付けてきた彼女にこんな問いをしてしまった時には。
「お料理のリクエストしてくれるって、言いました!!」
「……………。」
俺の中で。完全に、鉄壁の理性が再構築されるのを感じてしまった。
―――……食っていけ。―――
耳によみがえるは、ドスの聞いた低音。断ろうとしたのに、
―――メシ、食っていけ―――
と、脅しにも近いような勢いで押し付けられた焼き魚。
そのいい感じに焼けた魚の映像と共に、俺は花畑の中から現実へと引き戻されてしまった。
「………………。そうですよね……。」
「え!?何がですか!?」
大事なお嬢さんですものね。分かります。すみません、両想いになって調子に乗りました。
心の中で、彼女の『父』へ謝罪する。
彼に認められるまでは、どれだけ理性をモロモロのボロボロのチリチリにされ、ケダモノに近づいたとしても、越えてはならない一線は、死守しなければならない。
「ごめんね、最上さん。」
「????え?」
そっと、彼女をリビングのソファに降ろす。
少女は困惑しながらも、俺の様子が普段と同様に戻ったのを感じたのか、どこか安心したような表情を浮かべている。
全てを得るには、まだ早い。
彼女は高校生。これから花開く、まだ蕾のバラ。
俺は彼女を愛らしく、そして誰よりも美しい花となるよう、水や陽の光、栄養を与える男にならなければならない。
育てる許可を得てもいないのに、手折ることなど許されるわけがないのだ。
「とりあえず、これからは君のことをキョーコと呼んでいい?」
「ふぇ!?……あ、は、は……ぃ……。」
「まぁ、さっきから何回か呼んでいるけれど。」
「ふぅっ、ふわぁ……!!」
ファーストネームで呼ぶだけで、全身真っ赤になるウブな娘に、直前までやろうとしていたことを考えると罪悪感しか沸かない。
「俺のことは『蓮』と呼んで。」
「ふっふぇ!?」
「そのうち別の名前で呼んでもらうことになるけれど。今はそれで。」
「あっ!!………は………はいっ!!」
彼女は『敦賀蓮』が本名ではないことを知っている。そのうち明かすと告げただけで、どこか驚いたような…そして、嬉しそうな表情をした。
……そう。今はそれだけ。それだけで、いいのだ。
「それで、キョーコ。リクエストだけれど。」
「あ、はい。」
「焼き魚をお願いします。」
とりあえず、現在の彼女を育てる『父』と『母』に、これから共に彼女を育てさせてもらう許可をもらいに行こう。
そのためのステップとして。
「魚を綺麗に食べられるようにしたいんだ。」
君の『父』に気に入られるためにも、ね?