「……………。」
節々が痛み、吐くもののない胃から壮絶な痛みがこみ上げ、身体をむしばんでいた。
頭は朦朧とし、セラやポーラと思しき人間が、何かを問いかけてきたけれど、何をいっていたのかは分からない。
開く視界は滲んでいて、何も見えなかった。
体中が寒く、だが、暑かった。
何がなんだか分からない、痛みや苦しみにのたうち回って……最終的には、その痛みたちが消え去りかけていて。
―――私、死ぬのかな……―――
そう、感じた。
もし、本当にあのまま、命が絶えていたら。
死んでいたら、どうなっていたのだろう?
死んだら。
ハデスの裁判が待っている。
そうしたら、彼はコレットを、どう判ずるのだろうか?
不敬がすぎると牢に閉じ込められるだろうか?…いや、それはない。
きっと、師匠であるアンノ先生と同様に、あの暖かな明るい場所に行けと、判じてくれる。
でも………
「死にたく、ない………。」
死んだら、ポーラやセラに教えることができない。
立派になってきたけれど、彼らはまだ一人前ではないのだ。
それに、この村はもう、コレットの故郷も同様。
やっと分かった大切な場所なのに。これからたくさん、思い出を作っていく場所なのに、失ってしまいたくない。
「ハデス様、私……。」
それに、死んでしまったら。
死んだらもう、ハデスの薬師ではいられない。
ハリーやコツメ、ガイコツ達には会えないし、カロンとも時々しか会えなくなるだろう。
何より、自由にハデスに会うことができない。
実体を亡くしたコレットは影になり。
そして、徐々に全てを忘れていく。
「死にたく、ないです。」
……忘れたく、ない……
次の生に向かうには、忘れたほうがいいこともある。
それは冥府の王の祝福ともいえるのだろう。
全てを忘れ、新たな生を得ることで、また違う生き方をしていく。
きっと次に生まれる『自分』は、『コレット』と違う生き方をするのだろう。
父や母…村の皆の命が理不尽に奪われることはないかもしれない。
温かな『家族』に恵まれて。
思わず井戸に堕ちてしまいたくなるほど、心身ともに過酷な仕事に就くこともなく。
他者の『死』を前に、悔やむことはない、ただただ、温かくてぬるま湯のような一生を、送ることができるのかもしれない。
全てを忘れ、そうして生きることができたら。
それはもしかしたら『幸せ』なのかもしれない。
けれど。
「死にたくない……。」
じわり、と視界が滲んだ。
でも、逸らすことなく見つめる先の黒髪の冥府の王は、ただ黙ってコレットを見つめていた。
「忘れたく、ないです。ポーラや、セラのこと。村の、皆のこと。」
「………そうか。」
「ハリーやコツメや…カロンやガイコツ達のことも……ケルやベロやスーのことも、忘れたくない……。」
そして、誰よりも。
「ハデス様のこと……絶対に、忘れたく、ない………。」
これだけは、絶対に。
だって、『恋』なんて知らなかったのだ。
目線があったら恥ずかしくてドキドキして。ずっと見つめることはできない。
傍にいたらソワソワして。それでも、離れることなんて考えられない。
会えない時でも何度も思い出して。会いたい気持ちを募らせて。
苦しくなったり、幸せになったり、フワフワした気持ちになったりと。
たくさんの今までにない『感情』を、教えてもらったのに。