先日



母方の祖母が急逝した。












* * *








最後に会ったのは

今年のお正月だった。



普段なら

GWやお盆にも帰省しているけど

コロナで帰省できないまま

けっきょく

1月に顔を合わせたのが

最後になってしまった。








私は祖母にとって

外孫だったけど

家も近いし

歳の近いいとこもいたから

しょっちゅう会っていた。



毎年の初詣は恒例行事で

旅行だって一緒に行った。








祖母、母、あたしなんて

顔も性格もそれはまぁそっくりなのだ。








* * *








ここ数年は

祖母も具合はあまり良くなかったけど

それは歳だからみたいなもんだったし

特段認知に問題がある訳でもなく

普通に会話はできていたし

まさか

こんな急に逝ってしまうなんて

これっぽっちも想像していなかった。








毎年

年末年始は必ず帰省していたのに

前回はどうにも帰るのが面倒になってしまって

帰るのをやめようとしていた。



だけど母の一言で

年が明けてから1月1日

帰省した。

翌日2日には親戚の家に顔を出し

そこで祖母に会ったのが最後だ。








あたしはいつも

できるだけ

“後悔しないように”生きようと

心がけている。



100日後に死ぬワニ

ならぬ

明日死ぬワイ



くらいには思って

“今できること”を

後回しにはしないようにしようと

できるだけだけど

無理のない範囲でだけど

昔から何となく心がけていた。



だから

帰省したら必ず

両祖父母のとこに顔を出すことや

お盆のお墓参りなどは

欠かさないようにもしていた。



それなのに



前回の年末年始は

「今回は帰らなくていいや」

「またでいいや」

そう思ってしまった。








「また」

なんて

永遠にこないかもしれないのに。








母の一言がなければ

あたしは永遠に後悔するところだった。








* * *








ついこないだまで

普通に話していたのだ。



「早く結婚しなさい」と言われて

口答えして

ついでに憎まれ口なんかたたいていたんだ。








人の死は呆気ない。








今日も明日も

元気で

一緒にいられるような気がしても

急に最後は訪れる。








祖母は歳だし

十分天寿を全うしたのは間違いないし

ちょっと急だったけど

これでよかったんじゃないかなと

家族は思ったりしている。



それでもやっぱり

残された側は

寂しいし悲しいんだよね。








もう

いらん世話を焼かれることも

帰ってきたよと

元気な顔を見せることもできないのかと思うと

何とも…言葉にしようのない

喪失感だけがそっと残る。








* * *








母が嫁いでから

盆正月の恒例行事だった

母の“実家への帰省”



母方の祖父は5年前

そして今回の祖母の死。



ついに



母の帰る“実家”がなくなった。



それは同時に

あたしが自分の家のように立ち入っていた

祖母の家(厳密には母の兄の家)が

なくなったことでもあり



あたしもひとつ

“恒例行事”と

“帰る家”を

失ったように感じた。








* * *








泣いても笑っても

時間は止まってなどくれない。



当然の様に時間は流れ

世界は様相を変えていく。



“当たり前”だと思っていることは

これっぽっちも当たり前ではなくて

目の前にあるもの全部が

奇跡だったりするんだよね。








“自分にできる最善を尽くし続ける”



無理はしないし

できる限りでいい



目の前に現れる選択ひとつひとつに

責任だけ持って

自分の人生に覚悟だけ決めて

これからも歩き続ける。








* * *








おばあちゃん

今までありがとう。