がんばりすぎず、キレイにhappy♥

ボディ改革スクールMOISAのHARUです。

 

 

私は役割を与えられると人並み以上の成果を出せる方です。

どんな役割を与えられてもそれなりに対応できる能力はある方です。

でもついがんばりすぎてしまって自分で自分の首を絞めてしまうところがあります。

だから、「役割」が短期的なものだったり、

生活の部分的なものだったりすると自分なりにはバランスが保てるけれど、

そうでなければしんどくなります。

 

 

私が教師の仕事を続けられなかったのは

「教師という役割」が自分の生活、人生のほとんどの時間になってしまい、

そうじゃない本来の私を保てなくなってしまったからなんだな、と

今になって思います。

 

 

恋人や家族といった近い人とうまくいかないのも、

親になりたくないのも、

「彼女」「嫁」「奥さん」「お母さん」…

これらの「役割」がものすごーく重くて、長くて、

なかなかそうでない私に戻ることができなくなってしまうからなんだろうなと

思います。

 

 

要するに、私が思っている「役割」とは、

「他人から求められている自分を演じること」

なのでしょうね。

 

そのような「立場」であっても、私が相手に求められる私ではなく、

本来の私のままでその役割をもこなすことができれば、

こんな風にはならず、

結婚しても母親になっても、

自分らしく生きることができるんだろうなと思います。

 

 

短期的であればいろんな役割をこなすことができる私を

「器用」という人もいますが、

一つ二つの役割を長く、深く、自分を殺さないでこなせる人の方が器用で世渡り上手だと

私は思っちゃいます。

 

 

でも不器用?器用貧乏?な私には

私に合った生き方を選べばいいじゃない、と開き直っています、笑。

人はみな同じじゃないし、どういう人生がいいか、答えは一つじゃない。

 

仕事ができる人がいい母親とは限らないし、

そもそもどんな母親が「いい母親」か、受け取る側によっても違う。

 

異端児であるという自覚さえあって、

ほかの人に迷惑をかけなければ、

それでいいやん~と思って日々生きてます、笑。

そしてそんな私をそのままで受け入れてくれたり、

おもしろいと思ってくれたりする仲間たちに感謝してます。

 

人と一緒でなくてもいいし、

みんなに好かれ、認められなくてもいい。

がんばりすぎず、自分がよりナチュラルに心地よく

生きられる場所で生きていきたいと思ってます。

 

みんな、ありがとう。

年とってお互い一人になったらシェアハウスで適度な距離保ちながら支え合いましょうね♪