今日の方に尋ねられました。
「呼吸器の弱い人は、恋人相手でも、ひどい振り方をすると言うことですか?」
とFacebookウォールを見てのご質問。
私
「そうですよ。
呼吸器という器が狭いと、誰でも人間的な器が狭くなるんです。
“それ、恋人だった相手にするの? 言えるの?“
といったことさえ、平気でできるんです。
呼吸器が弱いと、相手がなくなります。
配慮するということが、できなくなるんです。
特に、ケンカや別れ際は、そうですね。
自分の事はかろうじて見えるけど、それも歪んだ自己愛です。
呼吸器の弱い人は、美男美女が多いけども、
その心持ちは見掛けとは、反対の位置にあることの方が多いです」
と言うようなことを話しました。
「ああ、自分の女友達でも、心当たりがあるので分かる気がします」
との事でした。
この方は、呼吸器の強い女性なので、
友達の行動が理解できなかったのでしょう。
他人にする言動は、その前に既に日常的に、自分自身へも同じ様にしていると言うことです。
他人にすることは自分にしていること、自分にすることは他人にしていることなのです。

地獄の住人が、自分の友達をもてなすとなれば、
地獄流のおもてなしになる、のと同じですね。
天国の住人であれば、自分の友達をもてなすのに、
天国流のもてなし方になります。
相手が、どこの住人なのか、見定めておくことも、
楽しい恋愛や、結婚生活をするなら必要なことかもしれませんね。
地獄の住人は地獄の住人同士で痛めつけ合い、
地獄が嫌になるまで続けるしかないのだと思います。
相手を何人変えたって、自分が変わらない限り、地獄は続きます。
自分自身以外、自分の人生を生きる事は無いからです。
主役が変わらない限り、物語は変わらないからです。
この一方、
天国の住人は天国の住人同士、応援しあって、
より高みに上って行くことになります。
呼吸器が強かろうが弱かろうが、
地獄/天国の選択は、実はどちらも本人の選択のみなんです。
せっかくの人様とのご縁なのだから、楽しく過ごして行きたい。
私などは常にこう思います。
今置かれている自分の環境を見て、自分がどんな心持ちの人間なのか、
どこの住人なのか。
私も毎日反省する所です。
このようなシステム、ありがたいものですね。
写真は、恋愛の仏様、愛染明王。
「愛に染めてやる」と言わんばかりでしょうか。
「地獄の修羅など、わらわが包み、昇天させてやる」かな(笑)
(感謝)
吉田直樹 拝