電車が次の駅のホームに滑り込むとドアが開いた瞬間に飛び降りた…

気がつくと手のひらがぐっしょり汗ばんでいて、
左手に握りしめたスマホを危うく落としそうになる。
もしかしたらこれは夢の中の出来事なのかもしれない。
もうすぐすると目が覚めて、


「な〜んだ、やっぱり夢なのか」


なんてホッと苦笑いしている自分に1秒でも早く会いたい。

というか、私の頭がこの暑さで急におかしくなってる?
いま起ころうとしている全てが妄想とか?

浮かんでは消える思考のロープが、
次々にグルグル脳みそを縛りつけていく。

ハッと我に返ってもう一度ダンナのLINEを開いてみた。
そこに書かれていたのは妄想でも錯覚でもなく紛れもない現実…
諦めと覚悟をもってLINEに書かれていた電話番号をおもいきってクリックする。


トゥルルルル…

コールが1回…

「救急病院なんて、もしかしたら酔っぱらって駅の階段から落ちたとか?」

トゥルルルル…

コールが2回…


「まったく!だからあれほどグデングデンになるまで呑むなって言ったのに!」


だんだん勝手に腹が立ってきた私。
鳴り続けるコールのもどかしさが腹立たしさをいっそう煽りまくる。


「もしもし」


2回目のコールが鳴り終わる前に女性の声がスマホから聞こえてきた。


「あの…主人のスマホからLINEが送られてきていて、
えーと、あの…中里と申しますけど…」


なんて説明していいかわからず思いつくままにそう告げた。


「あ、中里賢治さんのご家族の方ですか?
私、ご主人様のLINEからご連絡させて頂きました看護師の◯◯と申します。
ご自宅に何度かお電話したのですが留守電になってしまって…
失礼かとは思いましたがご主人様のLINEからご連絡させて頂きました。」


「あ、はい…え〜と、それで…」


堰を切ったように早口で喋る看護師さんに圧倒されながら返事をする私。


「只今、医師に変わりますのでお待ち下さい」


まぁ〜救急病院だし医師に電話が変わるのは想定内。


「ん???でもちょっと待って!
ダンナ本人が電話してこれないほど酷いケガなのかな?」


医師に電話が変わる数秒の間に、
今度は思考がメリーゴーランド状態になり同じフレーズが何度も頭のなかを回り始める。


「お待たせしました。医師の◯◯です。
実はご主人、今朝、宿泊先のホテルから救急搬送されてきまして…」


ホテルから搬送?
そうだよね…だって昨日、夜の12時近くまで家族LINEにダンナはLINEしてきていたもん。
だから酔っぱらって駅の階段から落ちるはずないか…


「はい…」


訳がわからず一言だけそう応えた。


「ご主人はあれですかね、以前も脳出血で倒れたことありますよね?」


脳出血!!

そのキーワードを聞いた瞬間、
全ての状況が飲み込めた。


「搬送中にも何度か心肺停止をしまして、
残念ですが…
このまま、お看取りになります…」


え?え?え?
オミトリ…ってなに?
オミトリ…ミトリ…看取り!!

耳の奥がキーンとして、
頭がズキズキ痛み始め、
心臓が胸を突き破りそうなぐらいバクバクと私の身体を内側から叩く。
暑いのに血の気という血の気が身体中から引いていき手先があっという間に氷のように冷たくなっていった…



このまま、お看取りになります…



そう告げた医師の言葉は、
まるで遥か遥か遠い空の上から聞こえているようで、
エコーがかかりながら私の耳の奥を何度も突き抜けていった…



このまま、お看取りになります…



このまま、お看取りになります…



このまま、お看取りになります…



いったい…いま何が起こってるんだろう…


※登場人物は仮名です