2017年7月3日、夜の11時過ぎ…

飲んべえのダンナが恒例のごとく大騒ぎで帰ってきた。 


「ただいまぁーーーーー!!」


玄関を開けた途端、
割れんばかりの大声でダンナは叫んだ。

靴を脱ぎ捨てると廊下からリビングに向かってお約束のスライディング。
これもいつものこと…

酔っ払ったダンナに絡まれるのがイヤで、
ふたりの娘たちは慌てて自分の部屋に逃げ込む。
こんなふうに泥酔して大騒ぎしながら帰ってくるダンナのことを、
年頃の娘たちはいつも煙たがっていた。

お酒に酔って良い気分になってるダンナはリビングで大の字になって寝転がると、
酒臭い息を吐きながら、
これまた割れんばかりの大声で娘たちの名前を叫ぶ。


「大声で近所迷惑だよ!
まったく!明日は朝早くから出張なんでしょ?
こんなにいつもいつもベロンベロンになるまで酔っぱらって、
また血管切れちゃうからね!」


大虎状態のダンナのお尻をバンバン叩きながら、
私もいつもと同じセリフで説教をする。
ダンナも慣れたもんでそんな私のヒステリーを当たり前のようにスルーすると、
スーツも脱がずにいつのまにか大いびきをかきながらリビングで寝てしまった。
静かになったのを察知した娘たちが部屋から出てくる。


「パパ、またリビングで寝ちゃったの?」


長女が呆れた顔で泥酔して寝込んでしまったダンナの顔を覗き込む。


「パパの部屋まで引っ張って行くから手伝って!」


リビングで寝られてしまっても困る。
困るからいつも私がダンナの足を持ち、
二人の娘のどちらかがダンナの手を持ってリビングの隣のダンナの部屋までズルズル引きずっていく。


「重〜い!これじゃ〜まるで死体の運搬だよ」


なんてジョーダンを言いながら眠くて朦朧としているダンナを引きずる。


「いてぇ〜よ〜!自分で部屋まで行くから放っておいてくれよ〜」


ひっくり返った声で手足をバタバタしながら抵抗するダンナ。
そんな抵抗もいつものように無駄に終わり、
数秒後にはあえなく自分の部屋に押し込まれた。
襖を閉めたと同時に大いびきが聞こえてくる。

いつもと同じ…
いつもと何ひとつ変わらない日常の一コマ…


2017年7月4日、朝の7時前…

いつもなら次女のお弁当作りに追われてとっくに朝は起きている時間。
でも、その日から次女は期末テストが始まるのでお弁当は要らなかったのだ。
いつもの時間にハッと起きたものの、


「そうだ!今日はお弁当要らなかったんだ」


と、すぐに思い出し、
あと少しだけ、と、幸せな二度寝に落ちそうになった私。
それと同時に…


「じゃあねぇ〜」


とダンナの声がリビングの端から聞こえてきた。
いつもより早い出勤。
ネイビーのスーツの後ろ姿だけが見える。


「そっか、今日は出張だったっけ」


胃腸の弱いダンナはいつも朝ごはんを食べない。
それに何かの健康本に感化されて最近では夜に一度しか食事を取らなくなっていた。
我が家は娘たちも朝はパン一枚程度しか食べる食欲がないようで、
朝ごはんと言ってもいつも前の日に余ったお味噌汁を温めるだけか、
パン1枚焼いてジュースを注ぐ程度だから朝ごはんの為に早起きしなくてもなんとかなってしまう。

あんなにベロンベロンに酔っ払って帰ってきてもダンナはいつも朝早くに起きてお風呂に入る。
私には到底そんな元気もないので、
泥酔しても早起き出来るダンナのことをいつも尊敬していた。

新婚当時はちゃんと玄関まで送り笑顔でいってらっしゃい!なんてやっていたけど、
結婚生活25年目ともなると布団の中からいってらっしゃい!なんて、
すっかりぐうたら女房が誕生してた。
でも、出張に行く朝だけは何があるかわからないのでいつもは玄関までは見送ることにしていたのに、
その日はここのところの仕事の忙しさによる疲れからかカラダが動かない。


「いってらっしゃ〜い!」


私は布団から上半身だけ起こして、
ダンナの姿が見えなくなった玄関に声だけを見送りに行かせた。


「じゃあねぇ〜」


それが最後に聞いたダンナの声になるなんて、
二度目の寝落ちの幸せに浸っていた私が知るよしもなかった…