自宅最寄り駅に電車がようやく到着した。
手足の震えはまだ止まらない…
鼓動の速さも次第に増していく。
呼吸をするのがだんだん苦しくなってきて、
深呼吸をしようとおもいっきり息を吸い込むけど苦しさは何も変わらなかった。
なんとか駅の外に出ると真夏の太陽のまぶしさに思わず目をつぶる。
ゆっくり目を開けると、
「ここはどこなんだろう?」
そこは、ほんの数十分前に見た駅前の景色とはまるで違っていた。
車窓の外に広がっていたモノクロの街並みがそのままどこまでも続いている。
足早に駅に向かう人たち…
もの凄い速さで走り抜ける自転車…
クラクションを鳴らしているトラック…
どれもこれもぜんぶ色が抜け落ちてしまって白と黒に染められている。
うるさいぐらいの街の喧騒さえ、
耳の奥に大きな石でも詰められてしまったのだろうか?
まるで水の中にいるかのように音が曇って聴こえてくる…
唇は水分を失ってパサパサだ。
喉は乾いているのかもしれないけどそれさえわからない。
見慣れた街並みの何もかもが変わり果ててしまっていた。
歩きなれた自宅までの道のりさえわからなくなっている自分がいる。
でも…早く家に帰らないといけない。
そう気持ちが焦れば焦るほど足は鉛のように重く道路に沈み、
一歩また一歩と進むのがやっとだった。
駅まで徒歩数分の我が家まで、
いったいどのぐらいの時間をかけて帰ってきたんだろう?
カギを開けて家の中に入ると、
途端に身体中のチカラが抜けて玄関に座り込んでしまった。
ほふく前進をしながらリビングまでようやく辿り着く。
ただ茫然としながらリビングにへたり込んでいると長女が帰ってきた。
「ママ!それでパパは大丈夫なんでしょ?」
長女はダンナの弟から危篤状態と聞かされていたようで、
リビングにへたり込んでいる私を見つけるとそう叫んだ。
「もうダメみたい…
お看取りになりますって…」
みるみる長女の目に涙が溢れてくる…
「なんなの…それ…」
しゃくりあげるように長女が泣き始めたころ、
次女も学校から慌てて帰ってきた。
「パパどうかしたの?」
次女も学校の先生から、
お父さんが具合が悪くなられたからすぐに家に帰りなさいとだけしか聞かされていなかった。
「パパ…死んじゃったかも…」
死んじゃった…
そう放った自分の言葉で、
ようやく事の重大さが理解できた。
途端に涙が溢れ始めて止まらなくなる…
次女も予想していなかった私の言葉に声をあげて泣き始めた。
「とにかくパパに早く会いに行こう!」
長女は泣きながらダンナを迎えにいく準備を始めた。
ふと気づくとポッケに入れたスマホが震えている。
慌てて通話ボタンを押すとダンナの弟からだった。
「さっき病院に電話をしてもう一度確認をしたんですけど既に息を引き取ったようです…」
お看取りになりますって…
まだ…大丈夫ですってことじゃなかったの?
違ったの?
そうじゃなかったの?
なんだったの?
なにがなんだかわからない…
何もかもシャットアウトして今すぐ逃げてしまいたい…
私はまたパニック状態に陥ってしまった…