ぜいたくな気分で美しい毎日を!・・・ヴェーネレ美容法
優雅なチェロのソロで知られる

「白鳥」の作曲家

サン・サーンスは10月9日生まれ


どうも日本では

過小評価されているようで。


フランスでは

「サムソンとデリラ」という

オペラの作曲でも知られ、


亡くなった時には

国葬になっているという

国民的音楽家なのです。


子供のころから

驚異的な神童だったとか。


その生涯を垣間見てみましょう。


1835年に官吏の家庭に生まれる。


子供の頃のサン=サーンスは

暖炉に吊り下げらるようにして

おかれた湯沸かしが、


だんだん沸騰して

カタカタと音を立て始め、

それが次第にクレッシェンドし、

細い差し口がオーボエに似た音を

立て始めるのを、


小さな椅子に座って、

じっと観察するのが

なによりの楽しみだった。


3歳にしてピアノを

かなり正確に弾き、



4歳にしてワルツやギャロップを作曲。



5歳ではベートーベンの

ソナタを巧みに弾く一方、

オペラの旋律から

編曲のようなこともやってみせたという。



そればかりではなく、

6歳頃からはラテン語やギリシャ語、

数学、天文学にも興味を示し、



ギリシャ語で書かれた原書や

専門書なども独学で

読み始めたという。



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哲学や考古学、

占星術なども含む幅広い分野でも

一流の専門家に認められ、

13歳の時には、

パリ音楽院に入学するほどであった。


やがて作曲家兼オルガニストとして活躍。


要するに、しょうもないほどの

天才だったわけです。


とくにオルガンの即興演奏に

素晴らしい腕を見せた彼は

22歳で、当時のパリの

オルガニストの最高峰といわれた

マドレーヌ教会のオルガニストに就任する。


1871年にはフランス音楽普及のために、

フランク、フォーレらとともに

フランス国民音楽協会を設立した。


フランス随一の旅行家という

肩書きを持つほどの

旅行好きでも知られていた。

「シャルル・サノワ」の偽名で

世界各地を放浪し、
ついには異国の地アルジェで

86歳の生涯を終えた。


音楽家として、

作曲家、ピアニスト、

オルガニストとして活躍したほか、


少年のころから

さまざまな分野に興味を持ち、

その才能を発揮。


一流のレベルとして知られるのは

詩、天文学、数学、絵画などである。


特に詩人としての活動は

多岐にわたり、

自作の詩による声楽作品も

少なからず存在する。


その博識ゆえの嫌味な性格は

人々の良く知るところであり、


アルフレッド・コルトーに向かって

「へぇ、君程度でピアニストになれるの?」

といった話は有名である。


これは彼が超一流しか

眼中になかったことを示す

エピソードでもあった。


晩年、印象主義音楽台頭の中で、

古典主義、ロマン主義を貫いたことも

サン=サーンスの孤立を強めた。


このため、楽界の大御所としての

世間的な評価は不遇であった。



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最近になってようやく、

フランス国内でも

サン=サーンスの果たした役割を

再評価する動きも出始めている。


サン=サーンスのピアノ作品全集の

出版が開始されたのが

2007年であることにもそれが現れている。





















 
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