贅沢に、「女」を楽しもう!
フランス民話「馬男」より


昔、ロンギヴィ=プルグラ郷の

ケイエスの古い城に

富と力を誇る領主が住んでいた。


跡継ぎは息子が一人だったが、

この息子は馬の頭を持って

生まれてきており、

それが一家の嘆きの種だった。

 

馬の頭の息子が

十八歳になった日のことだ。


ある日、彼は母親に、

結婚をしたいと言い出した。

ちょうど三人の娘を持った

農夫がいるから、

その一人をもらってきてほしいと言うのだ。

 

母親は困惑しながらも

農夫のもとへ出かけて行った。


しばらく家畜や子供のことなど、

あれこれ話し込んでから、

いよいよ訪問の目的を打ち明けた。


「まあ、なんてことを、奥さま! 

まっとうな娘を動物人間に

くれてやるんですか?」と、

農夫の女房は金切り声をあげた。


「そんなに騒がないでちょうだい。

神さまに授かった子なんだし、

あの子はあの子で可哀想なのよ!

 

それに気立ては本当によくて、

娘さんだってきっと満足するわよ」


「それじゃひとつ娘たちに聞いてみましょうか。

本人たちがいいと言うなら

文句はありませんものね」

 

女房は娘たちに

城の奥方の用件を告げに行った。


「よくもまあ、そんなことが言えたものだわ」と、

上の二人が言った。


「馬の頭を持った人と結婚しろだなんて! 

よっぽど男に飢えているんだったら別だけど、

おかげさまで、私たちはそれほどじゃないわ」


「でもまあ考えてごらん。

向こうはお金持ちで、一人息子だし、

いずれお城も何もかも

自分のものになるんだよ」


「あら、言われてみればそうね。

城の奥方ってわけ。

……いいじゃなーい!

 結婚しますって言って」

 

母親は上の娘の返事を奥方に伝えた。

奥方はほっとして、

いい報せを告げようと

いそいそと城へ帰った。

 

ただちに婚礼の支度が整えられた。

 それから数日後、

許婚は森の洗濯場で、

城の女中たちが洗濯をしているところに行き会った。

女中たちは賑やかにお喋りしていたが、

その中の一人が許婚に尋ねた。


「あんた、またどうして

あんな馬頭と結婚する気になったのさ。

あんたのようなべっぴんが!」


「あら、あの人お金持ちだし。

それにどうってことないわ、

ずっと一緒にいるわけじゃないもの。

婚礼の晩に首を切ってやるわ」

 

そのとき立派な貴人が通りかかって、

その話を小耳に挟んで言った。


「これはまた異なことを仰いますな」


「この洗濯女たちが

私のことを馬鹿にするんですわ。

私が馬の頭の若さまとの

結婚に応じたからって。


でも、あんなけだものと

いつまでも一緒にはいませんわ。

初夜に首を切ってやるつもりですの」


「そりゃ結構ですな」と

見知らぬ男は答えて道を続けて、

やがて見えなくなった。

 

とうとう婚礼の日がやって来た。

城では盛大な祭りと宴が催された。

夜になると、お付きの娘たちが

花嫁を初夜の寝室に案内し、

着物を脱がせて

寝台に寝かせて引き下がった。


そこへ光り輝くような新郎が入ってきた。

というのは他でもない。

日が沈むと、彼は馬の頭ではなくなって、

他の男たちと変わりなくなるのだった。


彼は寝台に駆け寄ると、

花嫁に接吻するかのように見せかけて、

彼女の首を斬ってしまった!

 

翌朝、母親は

その光景を見て頭がくらくらした。


「まああなたは、一体なんということをしたの?」


「この女がしようとしていたことをしたのさ」

 

三ヶ月経つと、馬頭の若さまは

また結婚したくなって、母親に、

農夫の二人目の娘を

もらってきて欲しいと言い出した。


娘は、どのようにして姉が死んだものか

恐らく知らされていなかったと見えて、

申し出にいそいそと応じた。

やっぱり若さまの財産に

目がくらんでのことだ。

 

間もなく婚礼の支度が始まった。

娘は姉のときと同じように、

ある日の洗い場で、

洗濯女たちの一人にこう問われた。


「どうして馬男なんかと結婚するの、

あんたみたいなべっぴんが。

それに気をつけた方がいいわよ。

あんたの姉さんがどうなったのか、

詳しいことは誰も知らないんだから」


「ご心配には及ばないわ。

あのけだものをどうすればいいかは

私が知ってるわ。

初夜のときに豚みたいに

首を切ってやるのよ。

その後、財産はみんな私のものだわ」

 

そのとき、前と同じ

見知らぬ貴人が通りかかって、

そこで足を止めて言った。


「異なことを仰る、娘さんよ!」


「城の若さまと結婚するのを

よせってこの人たちが言うんですもの。

相手が馬の頭だからって。

でも、初夜に豚みたいに首を切って、

財産をみんなもらうつもりなんですの」


「そりゃ結構ですな」と男は言って、

去って行った。

 

婚礼は厳かに執り行われた。

先と同じく、盛大な宴会と音楽と踊りと、

ありとあらゆる楽しみが続いた。


しかし翌朝、花嫁はまたしても

首を斬られて寝床の中に

転がっていたのである。

 

それから三ヶ月すると、

馬頭の若者は、またしても

三人目の娘をもらってきてくれと言い出した。


今度ばかりは相手の両親が

なかなか承知しなかった。

上の二人の娘に起こったことが

恐ろしかった。


しかし、小作地の権利を

すっかり譲ると言うと話は決まった。


それに娘の方でも承知してこう言った。


「喜んでお嫁に行くわ。

姉さんたちが死んだのは

姉さんたちがいけなかったんだわ。

口が災いの元なのよ」

 

城では三度目の婚礼の支度が進んだ。

上の二人の姉と同じく、

末娘も池へ洗濯女たちとお喋りに行った。


「あんたのようなべっぴんが

どうして馬男なんかと一緒になるの。

それも姉さんたちのことがあった後で」


「でもいいんです。

姉たちに起こったことについては

心配していませんから。

あの人たちが不幸な目に遭ったのは、

口の災いなんですもの」

 

そのとき、前と同じ貴人が通りかかって

その話を聞いていたが、

今度は何も言わずに通り過ぎて行った。

 

婚礼は厳かに、かつ盛大に行われた。

豪華な宴と歌と踊りとありとあらゆる催しが、

前と同じに続いた。


ただ一つ違っていたのは、

翌日、花嫁がまだ生きていたことだった。

 

九ヶ月の間、彼女は夫と幸せに暮らした。

夫は昼の間こそ馬の頭をつけていても、

夜になると翌朝まで美青年になるのだった。

 

九ヵ月後に若妻は

五体満足の立派な男の子を産んだ。

馬の頭はついていなかった。

子供の洗礼に出かける前に

馬男は妻に言った。


「子供が生まれるまで

馬の頭をつけている定めだった。

ようやく呪いが解けることになった。

洗礼が終わったら

他の人と同じになるんだ。


ただ、洗礼の鐘が鳴り終わるまで

そのことを誰にも言っちゃいけない。

お母さんに対してでも。

ほんのちょっとでもそのことを言えば、

僕はたちどころに姿を消して、

もう決して会えなくなる」

 

それだけ言うと、彼は名親と一緒に

子供の洗礼に出かけて行った。

 

間もなく若妻は、寝台の中で

鐘が鳴るのを聞いた。

そしてすっかり嬉しくなって、

一刻も早く母親にそのことが言いたくて、

鐘が鳴り終わるのを待っていられなかった。


すると、馬の頭のままの夫が

埃まみれになって、怒りで真っ赤になって

飛び込んできた。


「なんてことをしてくれたんだ! 

もう行かなくちゃならない。

二度と会えないんだ!」

 

彼は接吻もせずに出て行った。

妻は起き上がって引きとめようとした。

それが駄目だったので、後を追いかけた。


「付いて来るな!」と、夫が叫んだ。

しかし彼女は構わずに追い続けた。


「付いて来るなと言ってる!」

 

もう少しで追いつきそうになったとき、

夫が振り返って彼女の顔を叩いた。

鼻血が彼のシャツに飛び散って

三つの染みを作った。


「私が洗いに行くまで、

その染みが絶対に取れませんように!」と、

女は叫んだ。夫は叫び返した。


「お前は、鉄の靴を三足履きつぶすまでは

僕に会えないんだ!」

 

鼻血が止まらずに女が怯んだ隙に、

男は走り続けて、

間もなく姿が見えなくなった。

 

女は三足の鉄の靴を作らせ、

夫を探しに出かけた。

しかしどこへ行ったらいいか分からないので、

いつまでもさまよい続けた。

 

歩き続けて十年が過ぎた。

三足目の靴も殆ど擦り切れてきた。


そんなある日、とある城が目に入った。

そこの女中たちが池で洗い物をしていた。

女が立ち止まってそれを見ていると、

洗濯女の一人がこう言うのが聞こえた。


「またこの不思議なシャツだわ! 

蒸気にかけても、石鹸でこすっても、

どうしてもこの血の染みが取れないのよ。

ところが若さまが、あした教会に

これを着てゆくって仰るんだから。

なにしろこれが一番いいシャツなんですって!!」

 

女は洗濯女の方へ行って頼んだ。


「ちょっとそのシャツを

貸してみてくださらない。

私なら染みを落とせるかもしれないわ」

 

シャツを渡してもらうと、

女は染みの上に唾をつけ、

水に浸してこすった。

染みは消え去っていた。


「まあ、ありがとう」と洗濯女が言った。

「お城へ行って泊めてもらうといいわ。

後で私から台所番に言っておくから」

 

女は城へ行き、台所で

使用人たちと一緒に食事をし、

若さまの部屋の近くの小部屋に寝かされた。


他は全部ふさがっていたのだ。

夜中に、若さまが隣の部屋に入ってきた。

女の胸は高鳴り、気が遠くなりそうだった。


夫のすぐ側にいるのだ。

二人を隔てているのは仕切りの壁一枚だ。

彼女は仕切りを指で叩いてみた。

男が向こうで返事をした。

 

女が名乗ると、男は飛んで来た。

こんなに長い間離れ離れになって、

こんなに苦しんだあとで、

二人の再会の喜びがどんなだったかは

想像に余りある。

 

時は迫っていた。

翌日は男と城の主の娘とが

婚礼の式を挙げる段取りに

なっていたからだ。


彼は何がしかの理由で

式を延期してもらった。

しかし料理の支度はもう出来ていたし、

招待客も続々と到着していたので、

宴会だけは催された。


一同の前に、質素な身なりだが

王女のように美しい異国の女が、

男の従姉妹として紹介された。

 

宴会は賑やかに進行した。

その終わりごろ、

男が城の主に尋ねた。


「一つご意見をお聞かせください。

私は大切なものをしまっておく

綺麗な小箱を持っておりますが、

その鍵がなくなりました。


そこで新しい鍵を作らせたのですが、

そのときになって

古い鍵が見つかったのです。


いったいどちらを選んだら

よろしいものでしょう?」


「古いものを常に大切にしなさい」と、

老いた城主が言った。

「最初の鍵を使われるがいい」


「ありがとうございます。

ところで、実は一度結婚したのですが、

そのときの妻がまた見つかったのです。


これがそれです。

今でも愛していますから、

あなたの仰られたように、

古い方を大切にしたいと思います」

 

みんながあっけにとられて、

しーんと静まり返っている間に、

彼は初めの妻の手を取って、

宴会の場から出て行った。

 

二人は元の国へ帰り、

死ぬまで幸せに暮らした。



 
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