こんにちは、アリーシャです。


最近、うーん、と違和感を感じたことがあったので書きたいと思います。


不登校やいじめの問題が身近に起きたとき、いまだに家庭や母親の落ち度が言われることがあります。

親が甘やかしてるから、親の目が届いていないからとか。

真面目で頑張りすぎて、燃え尽きてしまう子も多いのにと思います。


フリースクールやネットスクールに行くことも学校の出席にカウントされたり単位取得できるようになってきていることに関して甘いという人もいます。


私は教育産業に携わるようになって、以前はすごく意地悪で他の子をバカにしていた子が人間関係や時期によっては素直で優しくなったりするのを見てきました。子どもの心情と関係性は複雑かつ流動的で被害者と加害者は紙一重だと感じます。


うちの娘が仲間外れにされたこともありますし、もしかしたら娘に傷つけられたという子もいるかもしれません。娘が深刻ないじめの当事者に今までならなかったことはただラッキーだったと思っています。


そして今、不登校の子や学校に行っても教室に入れない子が増えています。私は学びの方法は多様であっていいと心から思っています。


今の時代に学校の教室に何十人も同時に押し込めて、そこで勉強しなければ勉強したと認めないというのは極めてナンセンスで、国は教育制度をもっと柔軟に変えていかなくてはならないと思います。


うちの娘はこの2年半、オンラインの家庭教師で地方国立大学の学生にお世話になっています。ネットだけの関係ですが、1年以上継続して見てもらっている先生とは信頼関係もできていますし、尊敬もしています。

娘は塾でも学校でも得られない学びと共感とサポートをその3歳年上の家庭教師の先生から得ています。何て素晴らしい出会いだろうと思います。


ネットでも、直接会わなくても、欲しい学びが得られればどこでも人は学べると感じています。


不登校に関しても、今まで娘が勉強や友人関係、部活動などに悩んでもう学校に行きたくないと嘆く日が何度もありました。この新学期も娘はクラス替えによって学校生活がストレスフルになり、学校に行きたくないと何度も言っています。


放っておくと起きてこない娘を起こすかどうか毎朝悩んでいます。


私は、今まで娘がすんなりと学校に行けていたことはラッキーだったなぁと思っています。


そして、中学校の時、苦しくて居場所がないと感じても学校に行き続けた自分に同情します。自分が我慢したから若い世代にも我慢しろと言う想像力のない大人にはなりたくないです。


今日の「虎と翼」で寅子が「辛いなら弱音を吐いてもいいじゃない。私は弁護士になってそういう人の居場所になりたい」と言ったとき自分も救われる気もしました。


辛いならそこから逃げればいい

辛かったら弱音を吐いていい

あなたは生きているだけでいい


そう言われたかった自分がいるから、悩んでいる人にはそう言える人になりたいです。


厳しい状況にある人を他人事とは思えないです。何事も明日は我が身と思います。外からはわからなくても、人はそれぞれ違った辛さを抱えて生きていると思います。

人の感じている辛さをわかるとは決して言えませんが、できるだけ想像して寄り添いたいと思っています。


朝ドラ「虎に翼」が本当に面白く感動的!

日々の楽しみになっています。


 

 

 

ようやく金曜日ですね。よい週末を!