西部戦線異状なし-baberu墨田区押上で建設中の「東京スカイツリーもだいぶ出来上がってきた。毎日乗っている総武線からも錦糸町-両国間で、そのグロテスクな姿を見ることができる。完成すると美しくなるのだろうか。建設中のスカイツリーのイメージは、右画のような、その後の破壊を予測させるバベルの塔のように見える。果たしてこの光景に慣れるのだろうか。

で、首記の本です。

●民主主義という不思議な仕組み/佐々木毅/ちくまプリマー新書
西部戦線異状なし-minnsyusyugi最近の政権交代を受け、高校時代からすっかり忘れていた「民主主義」について、一応基本を知っておこうと思い図書館で借りて読んだ。なお、図書館の文庫本や新書コーナーを眺めるのも面白い。いろいろな図書館の本棚を見ると、その図書館の顔が見える。
●目次
第1章 民主主義のルーツを言葉から考える
第2章 代表制を伴った民主政治の誕生
第3章 「みなし」の積み重ねの上で民主政治は動く
第4章 「世論の支配」―その実像と虚像
第5章 政治とどう対面するか―参加と不服従
第6章 これからの政治の課題とは

これを一つ一つ紹介するつもりは無いが覚書としていくつか書いておきます。
○ギリシア時代(アテナイ)の(直接)民主主義とは、戦争の参加能力=政治的発言力だった。海軍が船の漕ぎ手を大量に動員する必要性から、一般の自由人(奴隷でないという意味)にも発言権を認めるようになった。そして、貧しい人々には給金を払って政治に参加してもらった。
○アリストテレスの「政治学」では6つの政治形態が示されている。民主主義は、悪い政治形態のなかで悪くない制度と評価されている。アリストテレスもプラトンも、一般市民の判断に疑いを持っていた。
○ペリクレスの葬送演説
これは、当時のアテナイの人々が民主主義をどう考えていたかが良くわかる。書くのがめんどうなので省略しますが、理想は持っていたようだ。
○その後(ペルシアとの戦争に勝った後)のアテナイは、内部抗争にあけくれ、法は党派が他の党派を支配する道具になっていく。最後は、知ってのとおり、マケドニアに破れ、ローマ帝国の属国になる。
○国家が拡大すると、王制や封建貴族制が国家運営に適した制度とされ、(直接)民主制はマイナーな制度として省みられなくなる。
○このマイナーな民主主義が息を吹き返すのは、ここ200年の話。その形態は代表民主制。
○民主主義は権力の乱用を防ぐ観点から発展した。ただ、社会契約論のルソーも、一般大衆はよく間違った判断をすると考えていた。ドイツ、イタリア及び日本は、その民主主義の歴史の浅さから、その制度を維持することができず、ファシズムに至る失敗を経験した。
○近代の民主主義は基本的人権(少数者の権利)を認めて其の機能が成立する。
○福沢諭吉は、少数者の抵抗を認めていた。この本は、中高生向けの本らしいので表現はマイルドであるが「多数の意見には従うべき」とは書いていない。少数者の不服従と非暴力の抵抗を認めている。

●その他読んだ本
●イエス・キリストの言葉―福音書のメッセージを読み解く/ 荒井 献 /岩波現代文庫

この本の著者は、キリスト教徒だが牧師ではないようだ。聖書を古典として各福音書の記載の違いを文献学的に比較し解釈を記述している。それで、異教徒の私でも読める。これを読むと、聖書は解釈が重要なことがよく判る。だから解釈者(牧師とか神父)が必要になるのだろう。その一方、聖書の勝手な解釈を廃し、聖書そのものを神の声としてそのまま理解しようという原理主義(このような人は厄介だ)が出てくるのもよくわかる。

●買った本
●グノーシス-古代キリスト教の異端思想/講談社選書メチエ
西部戦線異状なし-guno-shisuグノーシス-キリスト教を調べていると、初期のキリスト教団が戦った異端グノーシス派のことが時々出てくる。それで興味がありこの本を購入。二元論とは「キリストが宣教した神(至高神)とユダヤ教の神(創造神)は別だと説く。創造神が作ったこの世界は唾棄すべき低質なもの。人間もまた創造神の作品なのだから高尚なはずもない。救済とは、この唾棄すべき世界から解き放たれて至高神のもとに戻る」というもの。キリスト教成立当時(起源70~200年)は、グノーシスのほうが多くの文献を残したようだ。その後のローマ教会は、この手の文書を歴史から抹殺しようとした(残してほしかった)。ただ、私はこの二元論を読んで、うまいことを言うなと納得してしまった。ただ、神が二人いるということは、3人いても4人いても良いことになり、多神教につながる。パウロとかの昔の長老はそういうことで危険思想と考えたのだろうか。それは、この本をよんでから。

・・・ということで