祖父の死 | You can 〜病と向き合う〜

You can 〜病と向き合う〜

HIV感染者の闘病記録
まだ一生付き合っていく覚悟は持てないけども・・・
同じ境遇の方いましたら宜しくお願いします。

こんばんは。

今日は急に寒くなりましたね。

季節の変わり目なので体調には注意していきたいものです。

僕は変わりなく毎日過ごせています。




実は先週、祖父を亡くしました。

大切な人を続けて失う悲しみはそう経験することのないもので戸惑う日々を送っていました。


祖父は厳しくそして優しい人でした。

一緒に住んでいて、いつもは厳しかったけど何も言わず僕の好きなおもちゃやお菓子を用意してくれたり。


でも悪いことをしたら決して甘やかさず、叱ってくれて厳しく育てもらいました。


僕は進学のタイミングで実家を離れて暮らしていたのでたまに節目で会うくらい。


会う度に


「ちゃんとご飯食べてるのか。」

「身体にも気をつけろよ。」

「じいちゃんも頑張るから。」


とそう言って背中を押してくれました。


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そんな祖父も急に身体が弱ってしまい、入院を繰り返すようになり、最後に会えたのは3年くらい前でしたね。



弱りきった身体で、そして弱音を吐いたりしない祖父でしたが流動食を上手く食べられず泣いていました。


祖父の方が辛いはずなのに

「悠、身体に気をつけて元気にやれよ」


それが交わした最期の言葉だったように思います。





容態が急変したのは今年の3月。


病院に父が呼ばれ、地元に帰っていたタイミングだったので一緒に医師の話を聞きに病院へ行きました。


もうもって1ヶ月。



でも面会は父とその兄弟しかさせてもらえませんでした。



その場でもう会えなくなるのになぜ会えないのか。

強い口調で言ってしまいましたが病院の回答は



「コロナになったら困るから。」


というものでした。



もちろん院内感染で蔓延してしまえば命を落とす方もいるだろうし、病院も大変だと思います。



でも人生の最期が見えている祖父がすぐそこにいるのに、会わせてはもらえませんでした。


一瞬でも空いたかった。

この強い憤りはどうにもなりません。



そして老衰ということで旅立ちました。


葬儀でやっと会えた祖父は、すっかり痩せ細り、別人でした。



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老いは誰にも平等にやってくるものだけど、今までできていたことができなくなっていく、そして忘れていく残酷さ。


お母さんは老いる前に旅立ったけど、僕もお母さんと同じような最期を迎えたい。




おじいちゃんにも結局僕の病気を伝えることはできませんでした。



何で結婚しない?

ひ孫を見せろよ?




それをHIVになった僕は全部諦めてしまいました。

楽しみにしていたんだよね。


おじいちゃん、ごめんね。

そして育ててくれて見守ってくれてありがとう。