注文を聞き流す料理店。
いつものコトではあるんですがね、今日も朝からやる気なんてあるはずもなく、ただダラダラと時が過ぎるのを待っていた。
ただひたすら、それこそ直向きに就業時間終了の鐘の音がオフィスに鳴り響くのを心待ちにしていた。
時は午後5時を過ぎ、オレは今日も頑張って苦痛極まり無い時間をよく我慢したなぁと己に言い聞かせ、同時にそのガッツ溢れる肉体を労うかのようにすごすごと帰宅準備を完了させ、ドロンする準備を整える。
さぁ帰ろっかな!?なんて鼻歌混じりで席を立とうとすると、上司のウンコヤローが口を開く。
おーい!ユキオ君。お願いしていた資料完成したかなぁ・・・?
あのね、出来てるはずが無いでしょ?だってアンタ、来週までにやっとけって言った仕事でしょうが・・・。
心配しなくとも大丈夫!来週までにはちゃんと完成させますから。
いやー急遽明日の会議で使うことになったんだよ。つーわけで明日の朝までには作っといてネ。
そんなワケで、オレは今日も残業組の仲間入りと相成った・・・。
クソがっ!
先輩、飯どうしますか?
夜8時を過ぎると、残業組の誰かが夕飯の出前を注文する。
腹が減っては会議資料作成もままならぬって寸法だ。
腹の虫が騒ぎ出すのを堪えきれなかった輩は、まさか自分の分だけ出前を注文するわけにはいかないので、その時残業している人に一緒に何か注文しますか?なんて一応声をかける。
オレは注文の取りまとめ、精算などと言うめんどくさいことはしたくないので、どんなに腹が減ってようが、この後激しく残業しなくてはならない状況だろうが、自ら出前など絶対にしない。
どうしても我慢ならないくらいに腹が減ったら、こっそりと一人でラーメンでも食いに出掛ける。
それこそ誰にも見つからないようにひっそりと・・・。
つーかさ、メンドクセーのヤダもんね。
でも今日は後輩が声をかけてくれたので便乗することにする。
でかしたぞ後輩!本当は腹減ってたんだよね、オレ。
で、お前は何を頼むんだ?
最初に出前を取ろうと決意し、注文の取りまとめや精算を引き受けようとする勇者のみが、本日の夕飯を頼む店をチョイスすることが許される。
どうやら今日は中華料理が選択されたようだった。
俺はあんかけ焼きそばにしようと思います。
本当はそばが食いたかったオレは、中華などというヘドロのような選択をしでかした後輩に軽めのプレッシャーをかけてやろうと企んだ。
そっか、んじゃオレもあんかけにしてくれ。ただし、粒あんね。
渾身の出来だと思った嫌がらせも、当の本人には伝わらなかった様子だった。
は?意味分かんないんですけど?
いいからお前はあんかけ焼きそば2つ!一つは粒あんにしてくれって言え!
分かりました・・・。でもね、もし無いって言われたらどうしますか?
普通に注文通る方が気持ち悪いってんだよ。
でもね、そこはアレですよ。オレも大人なもんですから、ごり押しはしませんよ。
そりゃアレだ、そん時はこしあんでいいよ・・・。
あぁ、そう言うことですか。分かりましたよ。
やっとオレの言わんとしたことを理解してくれた後輩。
程なくして電話で注文を開始する後輩。
エビチャーハンとチャーシュー麺と冷やし中華が1つずつ、それとあんかけ焼きそばを2つ、一つは粒あんにしてください。
よし、指令通りの注文をしたみたいだ。
さすがは我が後輩、先輩の命令は絶対だと言うことをよく理解している。
先輩、20分ほどで届くみたいですよ。
へー、意外と早いんだね。
ん?つーか、ちゃんと注文聞いてくれたんだ・・・粒あんかけ焼きそば・・・。
オレは待ちきれなかった。
粒あんかけ焼きそばが届くのが待ちきれなかった。
自分で言ったものの、麺の上に本当にあんこが乗ってきたらどうしようなんてドキドキしながら、注文の品が届くのを待った。
あぁ何て長い20分なんだろう・・・。
粒あんかけ焼きそば・・・。
一体どんな焼きそばが届くのだろうか・・・。
お待たせしました!
事務所のドアを威勢良く開けたのは、アルバイト店員らしき若い男だった。
どうやら注文の品が届いたみたいだ。
オレは期待に胸を膨らませながら、応接室のテーブルの上に並べられた注文の品々の中から粒あんかけ焼きそばを捜した。
だが、そこに置かれていたのはごくごく普通のあんかけ焼きそばが2つであった。
いやー、注文受けてくれたのが意外にノリのいいおばちゃんでしたよ。まぁ彼女にしてみたら、ちょっとふざけた注文なんて日常茶飯事、どうやらありふれた日常会話の一つだったんでしょうね、当たり前のように対応してくれましたから。普通に聞き流してましたよ・・・。
オレは黙ってあんかけ焼きそばを食いました。
750円、ちょっとリッチな夕食を何事もなかったかのように胃のなかにぶち込んだ。
作成途中の資料をどのように完結させようかなぁなどと、頭の中で考えながら味気なく夕食を摂取した。
その味はというと、普通に美味しかったコトを覚えています。
以上。