夏が来れば思い出す。
梅雨はまだ明ける気配を見せてはくれないけど、既に季節はすっかり夏ってな具合いでして、仕事と言えども外出するのはちょっと抵抗がある。
まだ本気モード突入前の太陽でありますが、その破壊力は、オレみたいなちょっと気になり出した腹を所持する中年サラリーマンに対しての殺傷力を充分に兼ね揃えている。
もうね、ダラダラ…。
ちょっと外歩いただけで汗だくってヤツなんですよ。
おーい!誰かこの書類届けてきてくれー。
なんて上司の叫び。
はいはい、オレに行ってこいってんでしょ?どうせオレが一番年下だしね。
分かりましたよ、行きゃいいんでしょ…。
まぁどんなに外が暑いっていっても、クーラー全開の車だったら別にへっちゃらだしね…。
なんて思いつつ、帰りには喫茶店にでも寄り道して、冷たいものでも飲みながらちょっとおさぼりしようかなと、車の鍵を取りに行きながら企てていると上司が口を開く。
んじゃコレ、○×商事の吉田さんまでお願いね。
○×商事…。
オレは落胆した。この会社は街中の一等地にオフィスを構える商社なのだが、我が社からの距離が極めて微妙なのだ。
歩くにはちょっと遠いし、車だと近すぎる上に来客用の駐車場がない。
路駐をすれば即お縄頂戴の昨今だし…。
仕方がないのでオレは一度掴んだ車のキーをまた所定の位置へ戻し、書類を片手に渋々外へと飛び出した。
思った通り外は灼熱地獄と化しており、オレはパンツの中までびしょ濡れだ(changed BVD)ってな具合いに汗だくになる。
さて、用事も済んだしせめて喫茶店で冷たいコーヒーでも飲むか…なんて思っていると、会社に財布を忘れると言う間抜けっぷり炸裂で、己はサザエか!?むしろマスオだろがっ!
ってな自分にほとほと愛想も尽きてしまうのである。
とほほ…。
でもね、なんだかんだと言っても、オレは夏が好きなんです。
春夏秋冬のなかで一番夏が好きなんです。
楽しい思い出を掘り起こそうとすると、探り当てるのはいつも夏の思い出なんだ…。
あれはそう、今から15年前、オレがまだ17歳なんて粋も甘いもよく分からない程に純朴で、それはそれは可愛い高校生だった頃の夏休みの話だ。
その日は部活も休みで朝からすることもなく、さてどうしたもんかなー?と暑さに耐えるための手段として、パンツ一枚というスタイルで扇風機の前を占領していると、今は懐かしい黒電話が雄叫びを上げる。
じりりりりーん じりりりりーん♪
もういっちょ、じりりりりーん じりりりりーん…♪
もうね、メンドクセーから無視を決め込むんだけど、敵もナカナカのヤツでして、あきらめる素振りを見せやしない。
じりりりりーん じりりりりーん…♪
ええーい、分かった分かったと重い腰を上げるユキオ17歳。
メンドクセーオーラ全開で、はいはい…なんて呟くと、受話器の向こうからは、今日のアホみたいな猛暑を1ミリも連想させないような、穏やかな春の陽射しを彷彿させるさわやかな声が聞こえてきた。
おーい、何してた?暇なんだろー?釣りしてたから海パン持って来いよー♪
電話の主は、既に社会人の仲間入りを果たしている先輩だった。
一歳違えば糞同然という、恐ろしい上下関係が存在する我が地元。電話の主が一歳どころじゃすまされないくらい年上の先輩だったワケですから、オレの背筋には一気に緊張が走る。
うわー!先輩からの電話なのに、こんな格好で電話に出ちゃった~!?
ヘタこいたぁ~。
気分的にはこんな感じですね。(そんなの関係ねぇ♪)
まぁね、実際は鼻くそほじりながら電話してたんですけどね・・・。
とにかく絶対的な権力を誇る、先輩と言う名の悪魔から召集命令が発動させれしまったので、NOといえないオレはいそいそと支度を開始する。
えーと、海パンどこにあったっけかな・・・ん?なんかおかしくねーか?さっき先輩は釣りしてたって言ってたよなぁ・・・。ということは、必要なのは竿だとか釣りに必要なグッズであって海パンじゃねーよな?
でも先輩の指示だから仕方がない。
オレは何とか海パンを探し出し、自転車にまたがり颯爽と目的の場所へと向かったのだった。
おーい、遅かったなぁ コッチコッチ♪
相変わらずの爽やかな歌声でオレを手招きする先輩とその仲間たち。
どうやら既に釣りを始めてやがる。
さて、釣果はいか程かとバケツの中を覗き込んでみるが、そこに魚の姿はまだ見ることができなかった。ざまーねーな。このヘタッピ共が・・・。
で、結局オレは竿すら持ってこなかったので手持ち無沙汰なもんだから、どーすっかなーとブラブラしながら、今頭の中にある疑問を先輩にぶつけてみた。
先輩、海パン持って来いってことだったんすけど、この後海水浴にでも行くんすか?
オレの問いかけに対して、は?コイツは何言ってんだ?みたいな表情を浮かべてオレを見る先輩。
そして開いた口から発せられた台詞にオレは耳を疑った。
海水浴?行くわけねーだろ。
ほら、ここで朝から釣りしてたのに全然釣れねーから、もしかしたらここには魚いないんじゃないかと疑問が浮上してきたところだったんだよ。
だからお前に見てきてもらおうかなと思ってさ。
オレは理解ができなかった。
お前に見てきてもらおうと思って・・・この言葉が意味するモンが一体何なのか理解ができない。
そうこうしていると、先輩が車の中から水中眼鏡を持ってきてオレに手渡そうとする。
ほら、コレ使っていいからここに魚がいるか潜って見てきてくれ。
もし魚がたくさんいる場所があったら、そこに釣り針移動しておいてくれよ。なんならお前が捕まえて針に引っ掛けてくれてもいいからさ。
もうね、鬼とか悪魔とか人間が創造した生き物には当てはめることができないほどの、闇だったり負だったりのオーラ全開ですよ。
いいから早く行けって!
そしてオレは海へと飛び込んだ。
おーい、魚いたかぁー?
いませーん!
見つけるまで帰ってくるなよー♪
なんだかんだと言いながらも、オレは海水浴を楽しみ涼を得ることができたのだ。
やっぱ持つべきものは心優しい先輩だなぁと思ったのでした。
いやーマジで死ねばいいのに・・・。
でもね、なんだかんだと言っても、オレは夏が好きなんです。
春夏秋冬のなかで一番夏が好きなんです。
楽しい思い出を掘り起こそうとすると、探り当てるのはいつも夏の思い出なんだ…。
さて、上司の依頼によるおつかいを無事終了し、事務所に戻ってきたオレはやっとコーヒーにありつける。
ユキオ君お疲れ様、コーヒー飲むでしょ?
今日ばかりは宇宙規模の尺度で、さらに3重くらいのフィルターを通して見れば美人といえなくもない事務員さんの言葉がとても優しく聞こえてきた。
あぁ、やっと冷たいコーヒーにありつける。
おまたせー♪
まぁ言うまでもありませんが、激烈に熱いコーヒーがオレの机の上に運ばれてきたんですけどね。
とにかく、オレは熱い夏が好きなんだ。
以上。