セミ。 | 明け行く空に…。  ~ひねもすひとり?~

セミ。

街を歩くと木々の葉は力強くその存在を主張し、だけど高層ビルが立ち並ぶオフィス街の風景に穏やかに溶け込んでいる。
不規則に伸びた枝や青い葉の隙間を縫って差し込む日差しは、まだ梅雨明けの宣言を耳にしてはいないけれど、既に真夏のそれと遜色がない程の眩しさと力強さを孕んでいるようだ。
渋滞する車、そして雑踏から溢れ出す騒音に混じり、遠くのほうからセミの鳴く声が聞こえる。

どうやらまた、暑い季節がやってきたみたいだ…。


茹だるほど暑さを感じる休日の午後は縁側に腰を下ろし、木陰を忍び足で通り抜けた時に、本来の穏やかさを思い出した爽やかな夏の風を火照った体に浴びながら、ふと思い出したかのように読みかけの小説など捲ってみる。傍らにはうまくバランスを保ちながら浮かぶ氷が2つ3つ入った麦茶なんぞ置いてあって、グラスを持ち上げた時にカラカラ~ンなんて奏でる。
汗ばんだ体が時に悲鳴を上げることもあるが、それ以上にそんな夏の何気ない一時を愛して止まないのだ。


そんな時間を満喫しているならば、それは暑ければ暑いほどいい。
そしてじりじりと焼けるような日差しが焦がす、土やアスファルト、草木の香りはどこか懐かしく、時に少年の頃の暑かった日を彷彿させてくれたりもする。

夏が好きだ…。




台風一過の休日、朝から滝のように降り注いだ大粒の雨が上がり、一気に気温が上昇してきた午後の事。
我が家の庭先に、その登場はまだ幾分早いんでないんかい?と思えるトンボの群れが迷い込んで来た。
アスファルトから立ち込める水蒸気が作り出した透明のカーテンの合間を縫うように、ゆっくりと羽ばたきながら近づいてくる。
夏の終りから秋だって、オレの頭の中で勝手に相場が決められている彼らの到来は、何だか季節感を狂わせてくれるなぁと思いつつも、庭先の草木にその体を委ねながら正に羽を伸ばす彼らの姿をぼんやり眺めていると、頭の中に幼い頃の記憶が蘇ってくるのに気が付き、オレはくわえ煙草で紫煙を燻らせつつ、その記憶をゆっくりと辿ってみた。

トンボってヤツはコツさえ掴めば思いの外簡単に、それこそ素手でも捕まえられた。
気配を殺しながらそぉ~っと近づき、指先で優しく羽をつまむ。
今思えば可哀想な行為ではあるのだが、そうやって次々に捕まえられたトンボは、狭い虫かごの中に押し込まれ、そして彼らの一生はそこで終える…。
子供ってヤツは時にとても残酷な生き物だ・・・。
でも、そうやって命の尊さ、重さってヤツを学んでいくのだろう。

少年は同じようにセミの捕獲にもトライしてみる。
だが、コイツの注意力っていうか、危険察知能力っていうのか良く分からないが、とにかくトンボのそれとは比較にならないくらい鋭くて、なかなか思うように接近を許してはくれないし、ましてその体に触れるなど至難の技だったりする。
結局素手で捕まえた記憶がオレの脳裏に刻まれることはなかったように思う…。

オレは揉み消した煙草の代わりに手に取った麦茶をすすりながら、そんな幼い頃の思考を蘇らせていた。

そうしていると、青い空の彼方からひとつの黒い点が乾いた歌声を轟かせながらこちらへ近づいて来て、オレの足元にフワリと舞い降りた。

セミだった。



どのくらいの時間が経過しただろうか。
オレは気配を殺しながら、目の前に舞い降りた黒い点を見つめていた。
そしてオレは思った。
あの頃触ることさえできなかったその体に、何だか今なら触れることが出来るかもしれないと…。
あの頃の自分より、良いことも悪いことも比較にならないくらいに経験を積んだ今のオレなら、何だか触れられる気がした。

全くその場から飛び立とうとしない黒い点。
オレはそっと手を伸ばしてみる。
まもなく届きそうになったとき、オレは思わず躊躇した。
何だかコイツに触れてはいけないような騒動に駆られたのだ。
引っ込められたその手に、近くに無造作に置かれていた携帯を掴み、カメラを起動してみる。
接写モードに切り替え、至近距離まで接近しシャッターを切った。


せみ


それでも微動だにしない被写体からは、既にその場から飛び立とうという意志はどうやら微塵も感じられなかった。

ほんの数日間という短い命を全うしたセミは、どうやらここを死に場所に選択したみたいだ・・・。




かごの中に押し込まれるでもなく、外敵の血肉となるでもない。
その短い生涯をオレの目の前で終えようとしているセミ。

何を思い、そして誰にその意志を伝えようとしているのかなんて分かりはしないし、きっと彼自身そんなことなどどうでも良くて、ただ静かにこの場で一生を終えようとしているだけなのかもしれない。

でも、その生き様がオレって一人の人間に、確実に何かを伝えたってことはどうやら確かなことのようだ。
当のオレだって、実際は何を考え何が伝わったのかなんて上手く言葉に表すことなんて出来やしない・・・。


でも、なんか暖かいモノが胸の奥で走り抜けたってことだけは確かだ・・・。






以上。


ランキング
 ↑今泥酔だにょーん♪ランキング。
  どうぞよろしく。