親にも内緒の恋物語。
もはや記憶も定かではないのですが、確か初秋の頃だったと記憶しています。
大好きな焼きそば(ソース味・目玉焼き乗せ)をわちゃわちゃと頬張っていましたらね、奥歯の方でガリッ……なんて鈍い音がして、その発生源付近に激痛が走る。
なんだなんだ、卵の殻で入ってたのか?くそっ、奮発して目玉焼きなんぞオプションで頼んだのが仇になったぜと一瞬辟易するも、さっさと異物を口の中から吐き出して食事の続きを楽しもうと舌先で探ると、何やら当該奥歯にぽっかりと穴が。
そしてそれと同時に口から吐き出された銀色の物体。
まぁ言うまでもなく、以前治療した箇所に収められていた銀の詰め物が取れてしまった模様……。
クソッ、面倒くせー。
とりあえずこのまま放置するのもいろいろ問題があるので、早速職場の近くに良さそうな歯科医院がないか、ネットで探ってみた。
そうすると気になるフレーズが。
『年中無休 午後は9時まで診察』
ほほう、年中無休とな。
しかも21時まで診察オッケーってのは、くたびれたサラリーマンに優しいことこの上なしだ。
オレは早速予約の電話を入れてみる。
「はぁーい。〇〇歯科クリニックっでーーーす(はあと)」
なんだこいつ……。
確実に頭のネジ何本か緩んでいる、もしくは主要箇所の歯車が噛み合っていないと推測される輩の登場に、オレの背筋には図らずも緊張が走る。
「あの、そう言う訳で今日の午後なんとか診察していただくことはできないでしょうか?痛くてたまらんのですが……」
「ええとぉー、8時くらいなら空いてますけどどうしますか?」
くっ、8時か……。
普段ならとっくに帰宅完了してビール喰らってる時間だが、とにかくこのぽっかり開いた穴を何とかせねば飯を食うのもままならない。
「ええ、それで構いません。背に腹は代えられませんから」
「え?何と何を交換したいんですか?」
「…………。ええーと、それでいいです。それではその時間に伺います」
「はーい。お待ちしてまーす」
もうね、言葉が無かったです。
電話の声から察するに若いお姉ちゃんのようでもあるし、でもよく考えてみると今どきっぽいと思わせて、今時の娘がそんな話し方をするかというと若干ズレがあるようにも思われる。
ま、どうでもいいですけど。
とにかくオレは指定の時間に歯科医へと向かう。
「こんばんはー。で、今日はどうしたんですか?」
いやいや、奥歯がって話を前提に予約したと思うのだがって言葉を飲み込む。
つーか、目の前にいる受付の女性が余りのも美しいので、そんなことはどうでもいい。
そんな感じで、オレの歯医者通いが始まる。
もうね、見ているだけで心が温まるっていうのかな、受付のお姉さんの顔を見るだけでもここに来る意義がある。
まぁ話し方にはかなり癖があるし、ちょっと天然なところがあるのは否めないが、とにかく世界の美人が3大ではなく16大くらいと称されるなら確実にランクインするであろうその方に会えるなら、オレの歯など綺麗さっぱり抜き去られてもいいと言う気概でオレはせっせと通った。
毎週1、2回のペースで通っていたのだが、仕事の都合で1ヶ月ほど出張せねばならなくなり、彼女ともしばしのお別れとなったのだが、先日久々の再会を果たすためウキウキで再び歯科医を訪れた。
「ユキオさぁーん、1ヶ月のぶりの治療ですが今日の気分はどうですかぁ?」
お、なんだなんだ?
いつもはネジ緩めとは言えそっけない感じだったのに、今日はオレの体調を気遣ってくれちゃって。
そうかコイツ、さてはオレに気があって、久々の再会を喜んでるな。
なんて思っていると、治療の順番が来て名前を呼ばれた。
診察台の上で待っていると、直ぐに先生がやって来て言う。
「はいお待たせ。今日は体調もいいみたいなので予定通り抜歯、しますね」
そして先生は麻酔の注射やらペンチのような獲物やらあれやらこれやらを、ニヤニヤしながら取り出す。
少なくとも俺の目にはヤツがニヤニヤしていたように見えた。
その時、オレの記憶がグルグルと巡った。
そうだ、そう言えば出張へ出掛ける前の最後の治療の日に、次は親知らずを抜くって言っていた……。
激痛に耐えながらも、無事に抜歯が済んだ。
だが出血が止まらず、奥歯に脱脂綿の塊を噛んだままで会計となる。
「お疲れ様でしたー。ええとぉー、明日は消毒しなくちゃいけないのでぇー、なるべく来て欲しいんですけどー、午後5時以降しか空いてないですが都合はどうですかぁ?」
折りしも明日はクリスマスイブ。
さすがに聖なる夜にこんなトコ来たくないと思いつつも、まぁこのお姉さんの顔を見れるというクリスマスプレゼントを貰ったと思えばいいかなと、奥歯をかみ締めたままで思い問い掛ける。
「ふがふがふが……(お姉さんは明日も仕事してんですか?)」
「え、アタシですか?明日はイブなので休み貰っちゃいましたーうふふ」
くそっ、だが背に腹は代えられん。
出血も止まらんことだし。
「え、何と何を交換したいんですか?」
…………。
そんな感じで。