男が負けを認める時。 | 明け行く空に…。  ~ひねもすひとり?~

男が負けを認める時。

人が生きるってことは、知らず知らずのうちに多くの犠牲を生じさせる。
我々の血肉となるために沢山の命が奪われ、そんな命をオレたちは食し生きる力や活力を得る。
だけどオレたちは忘れてしまっている。
食物連鎖の一端を担うべき自然の摂理を無視し、悪戯に地球上の命を滅する存在である人間。
 
時に争い、時に奪い合い、だけど弱者は強者に屈する……。
 
 
 
東北地方は、毎日晴天と雨天の紙一重と言うような天候が続き、なんとも煮え切らない日々が続いている。
休日である今日、オレは久々に昼過ぎまで惰眠を貪るつもりでいたのだが、暑さと異常に高い湿度の不快さには勝てず寝床を這い出す。
時刻はまだ午前8時前、オレは苦笑いで朝刊をポストから引き抜き、糖質0の缶コーヒーの蓋を開けて煙草に火をつける。
一通り新聞に記載されたどうでもいい記事に目を通した後、それと共に配達されたカラフルな広告に目を通すと、近くのショッピングモールが夏物のセールを行っていること知る。
 
「夏物バーゲンか。行ってみるか……」
 
そう呟きオレは身支度を整え、形式的な朝食を済ませるとまた煙草に火をつけて車を走らせた。
 
目的のショッピングモールに到着すると、休日だというのに思ったほどの混雑もなく何となくほっとする。
今日の目的はTシャツとポロシャツ、もし安くて品の良いスーツがあればそれも購入しようとオレは多くあるテナントを片っ端から冷やかし始める。
 
始めに足を踏み入れた店で目を奪われる。
 
『店内のスーツ全て半額』
 
うほっ!
この店のスーツといったら、オレのお気に入りだが普段その値段がネックとなり中々手が出ないことで有名なアレじゃないか!
それが半額だとっ!?
オレは軽い興奮状態となり、次々と商品を物色する。
これもいい、あ、これもいいな。
そうしていると、ひとりの男性が手にしているスーツがオレの目に飛び込む。
 
「あ、アレいいなぁ……」
 
男の手にしている商品は、正にオレ好みの一品だ。
男はその彼女だか嫁さんだか知らんが、連れの女性とあーでもないこーでもないといいながら袖を通したりしている。
オレは念を送る。
買うなー、買うんじゃねー!?
そうすると、その男は一端そのスーツから手を離し、店内の他の商品をまた物色し始める。
オレはここぞとばかりにそこへ歩み寄り、そのスーツを確認する。
よし、値段サイズ共にどんぴしゃだ!
だがちょっと待てよ、今日は店内全てがバーゲン、ここで即決する前に他の店舗も見て回ってからでも遅くはない。
 
そうしてオレも一端それを手から離すと、再び他の店舗を確認しようとその場を離れた。
 
広告で知らしめるだけあり、ショッピングモール全体に夏物を本気で処分しようと言うオーラが漂う。
オレはいくつも店を回り、満足のいくTシャツとポロシャツをゲットすると、ちょっと休憩でもしようかと喫茶スペースを求めてさ迷い歩いた。
そうすると先ほどお気に入りのスーツを見つけた店舗の前で、女性店員が声を上げているのに気付く。
 
「今から店内の商品、表示の値段から更に15%オフのタイムセールを開始しますっ!」
 
なんだとっ!
半額だけでも驚愕に値するのに、更に15%オフだと!?
それを聞いたオレは、最早のどの渇きなどすっかり忘れその店に飛び込んだ。
 
一目散に先ほどのスーツが掛けられた場所へ向うと、オレより先に目的のスーツを物色していた男もそこへ向って足早に進む姿が見える。
オレは、ここは絶対に負けるわけには行かないと、更に進む速度を上げる。
あぁ、いつも仕事帰りの日課として数キロのランニングを己に課して体を鍛えていて良かった。
正に普段意味も無く走っているのは今日この日のためなんだと理解し、オレは己の肉体に鞭を打つ。
チラッとライバルに視線を向けると、男の出足は鈍く勝利は目前だった。
だがその時、オレの視線にあるフレーズが飛び込む。
 
「こちらの商品すべて90%オフ!!」
 
なんだとっ!
そこに陳列されたTシャツがなんと全部9割引き!
オレは一瞬足を止める。
後から迫る男もオレと同じ箇所で足を止めた。
いかんっ!
こんなところで浮気してる場合じゃない。
Tシャツならもう既に他の店で購入済みじゃないか!
そう自分に言い聞かせその場を後にしようとすると、ひとりの女性店員がオレの側に駆け寄り声を掛ける。
 
「お客様、Tシャツをお探しですか?こちらの商品は今だけ全て90%オフになっているのでお買い得ですよ♪」
 
あぁ、なんてことだ。
普段ならそんな声無視するのに、今オレに話しかけているのは、背が高くて細身で、多分Cカップ以下のメガネ美人じゃないか……。
 
ふとライバルの男に目をやる。
そうすると、そいつのところにも刺客が迫っていた。
だが、男はそんな誘惑には目もくれずその場を後にしようとしている。
オレは、オレは、オレは……。
 
背が高くて細身で、多分Cカップ以下のメガネ美人の誘惑には勝てず、その場に立ちつくした。
 
You Lose!
 
 
結果、オレは背が高くて細身で、多分Cカップ以下のメガネ美人の誘惑には勝てず、どうでもいいTシャツをもう一着購入した。
 
ライバルの男は、誇らしげに目的のスーツを手に取り、その満面に笑顔を浮かべ試着室へと姿を消した。
 
 
時に争い、時に奪い合い、だけど弱者は強者に屈する……。
 
正にオレの完敗だった。
 
 
 
そんな感じで。