「下見のときも思ったが、無防備にもほどがある。」
そう、戒が今回忍び込んだ城の警備は他に比べると全くと言っていいほど手薄なのだ。
「このあたりだな。」
木造の板を音もなく進んでいく戒。もちろん廊下ではなく天井裏を進んでいる。目的の位置に着くと、またも音もなくその部屋に侵入する。そこにはこの城の城主がすやすやと眠りについている。部屋の外には二人ほどの護衛がいるが、先ほど眠り薬で眠らせたのでしばらく起きてはこないだろう。
「個人的な恨みはないが、これも仕事。そして戦国の世のせいだ。次はもっと平和な時代に生まれてくるんだな。」
そして懐から苦無を取り出し心の臓めがけて振り下ろした。
ドス!
「身代わり!?」
なんと!先ほどまで寝ていた城主が丸太に摩り替わっていたのだ。
「その通り。」
シュン!スパ!
後ろから降ってきた声に反応し、間一髪のところで斬撃を避けた戒。しかし、頬には焼けるような痛みと、暖かいものが流れる感覚があった。
「ほう、紙一重で避けたか。こちらとしては今ので首をいただくはずだったのだが、残念だ。」
全く残念そうには感じられない口調で述べる“忍”。
「お前は・・・。」
「われらに名など必要あるまいて。我らは忍。ただ任務を遂行するのみ。」
「城主はどこだ。」
「さてな、我に勝てたのなら、教えてやらぬこともない。」
「なら、力ずくでもはいてもらう!」
懐から数本の苦無を一瞬にして放ちスッと姿を消した戒。迫る苦無を手刀で払い落とし、上を向く忍。そこには戒の姿があり、踵落しを食らわせようとしていた。それを横にずれてかわし、蹴りを戒めがけて放つ。腕を交差させて防ぐ戒。一定の距離ができ、お互いににらみ合う。先に動いたのは戒。すばやく手を動かし印を結ぶと。
「風遁 鎌鼬!!」
鋭い風の刃が忍を襲う。忍もまたすばやく印を結び
「風遁 魔風壁!!」
忍を包むように風の防壁が現れ鎌鼬をはじきかえした。戒はすぐさま忍に近づき蹴りや掌底を繰り出し攻める。しかし、戒の攻撃はかわされ反撃とばかりに繰り出された拳が戒の頬を捉え殴り飛ばされた。そして追撃の一手として
「風遁 風爆殺!!」
鎌鼬とは比べ物にならないほどの威力の、まるで竜巻のごとき風の残撃が戒を襲う。
「風遁 魔風壁」
戒も防ぐため風の防壁を発動させた。しかしその威力を防ぎきることができず、装束に切込みが入り、細かい切り傷がいたるところにできていた。
(強い・・・)
何とか致命傷は避けたもののかなり疲弊した戒。そのため視界から忍が消えていることに気付くのがわずかに遅れてしまったのだ。気付いたときには忍は真横におり、鋭い斬撃が戒を襲う。
シュパ!ギャリ!
「鎖帷子か。命拾いをしたな。」
「はぁはぁ・・・。」
「では、これならどうだ!」
忍が懐から取り出したのは鎖分銅であった。放たれた分銅をぎりぎりかわすも忍の手腕によって鎖が首に絡まった戒。次第に忍に手繰り寄せられ裸締めを決められた。
「ぐ・・・ぁが・・・。」
「このまま落としてやろう。後でゆっくりと聞きたいこともあるからな。」
「かはっ!くっそ・・・」
シュン!!ズバ!
「くは!はぁはぁ・・・」
戒はぎりぎりのところで肘に仕込んでいた暗器で忍を攻撃した。手ごたえはなかったものの呼吸ができるようになり必死に息をする戒。暗器には鎖と忍び装束が巻かれていた。そして部屋の隅を見ると、暗くてよく見えないが上半身をさらし、腕を組んで立っている忍。武器を隠し持つことが多い忍が服を脱ぐなど戒には理解できなかった。
「何のつもりだ。」
「我はこちらのほうが落ち着くのだよ。衣服をまとって小細工を使って戦うのは性にはあわんのだ。」
忍びとしては異端。戒は戸惑いを隠せなかった。
「その状態で俺とやるのか。」
「遠慮は要らぬ。全力で来い。」
「なら、望みどおりやってやる!」
懐から苦無を取り出し忍に放ち、一瞬で姿を消し、忍の背後に周り込み苦無で切りかかろうとした戒。しかし、忍はすぐさま振り返り戒の腕をつかんだ。後ろからは先ほど投げられた苦無が迫っているにもかかわらず。
「な!?」
そのまま投げ飛ばされる戒。
ドン!
「か・・は!」
柱に背中を打ちつけ肺の空気が一気に吐き出された。戒にゆっくりと近づいてくる忍。