俳優の小松政夫さんがお亡くなりになりました。小松政夫さんのご活躍で個人的に印象深いのは、ナショナル劇場の各作品における同心役です。小松さんは

『大岡越前』12部~15部で同心・赤垣伝兵衛
『江戸を斬る』7~8部で同心・色川伝兵衛

『翔んでる!平賀源内』で同心・赤垣平助

と、歴代のナショナル劇場で同心役を演じられました。

 上記の内、『大岡越前』12部、『江戸を斬る』7~8部、『翔んでる!平賀源内』で演じた同心は、早とちりして無実の人間を冤罪で逮捕するという迷惑な同心であり、その中でも

『大岡越前』12部は主人公の大岡越前(演=加藤剛)が南町奉行であるのに対し赤垣伝兵衛は北町奉行所の同心

『江戸を斬る』7~8部は主人公の遠山金四郎(演=里見浩太朗)が北町奉行であるのに対し色川伝兵衛は南町奉行所の同心

という具合に、小松さんは主人公のライバル奉行所(註…史実では北町奉行所と南町奉行所はライバルではありません。以下の記述も全てドラマの中の話です)の同心の役でした。

 上記の同心は迷惑な同心ではありましたが、そこは小松さんの喜劇役者としての腕の見せ所でして、単なる迷惑な同心ではありません。例えば『江戸を斬る』8部では、南町奉行所(小松さん側)はいつも北町奉行所(主人公側)に手柄を奪われているにも拘らず、色川伝兵衛は上司である南町奉行・鳥居甲斐守耀蔵(演=名和宏)に自慢げに成果を報告するんですね。しかし実際には北町奉行所に手柄を奪われていることを知っている奉行の鳥居は激怒して色川をお仕置きするのですが、その様子がコントみたいで愉快でした。この辺りも小松さんの喜劇役者としての面目躍如でした。

 さて、『大岡越前』では、13部で赤垣伝兵衛は北町奉行所から南町奉行所に移籍し、主人公・大岡越前の部下になります。南町奉行所の同心には、ベテラン同心役で佐野浅夫さんがいましたが、佐野さんがナショナル劇場に於いて三代目水戸黄門に就任した為、『大岡越前』の同心役を降板すると、赤垣伝兵衛が南町奉行所のベテラン同心のポジションとなりました。北町奉行所時代にあれだけ迷惑な同心だった赤垣ですが、南町奉行所に来たら頼りになる同心になってしまい、まるで別人のような活躍を見せています。

 しかし作品をよく見ると、北町奉行所時代の赤垣と南町奉行所時代の赤垣は決して別人のような人物像ではありません。北町奉行所時代の赤垣はちょくちょく居酒屋で大岡越前で同席していました。この時、赤垣は大岡越前が南町奉行であることを知らず、浪人だと思い込んでいたのですが、事件の捜査情報を大岡越前に喋り、大岡越前はその情報を活かして事件を解決に導いていました(捜査情報を部外者にベラベラ喋ってよいのかという問題はあるが)。即ち赤垣は北町奉行所所属の時点で、確かに冤罪で無実の人を逮捕するという迷惑な同心であった一方、有能な面もあり、大岡越前は赤垣の有能な面を見抜いていたのでしょう。また赤垣は南町奉行所時代にも北町奉行所時代の失敗を回想することがありました。即ち現在はベテラン同心として頼りになる存在ではあるが、過去には失敗も経験しており、その失敗を教訓としているからこそ、若手の同心を温かく見守る役割が果たせたと言えるでしょう。

 以上を纏めると、ナショナル劇場で同心役を演じられた小松政夫さんは、喜劇役者としてコントのような愉快な場面を演じつつも、一方で過去の失敗を教訓にして若手を率いるベテラン同心の姿も演じており、1人の同心が実在するかのように、同心の人生を演じられた、というのが本稿の結論であります。小松政夫さんに謹んで哀悼の意を表します。合掌。