2022年09月30日(金)、ドキュメンタリー映画『その声のあなたへ』が公開されました。この度、この映画を鑑賞して参りましたので、レポートしたいと思います。

 

 この映画は、声優・内海賢二さんをよく知る人々にインタビューすることで、内海さんの個人史を取材するという趣旨であると同時に、声優という役職(職業ではなく敢えて役職と表現致します)がどのような経過を経て現在のようなポジションになったのか、声優という役職が昔はどのように仕事していたのかを取材する記録となっております。内海賢二さんは声優であり、且つ声優事務所・賢プロダクションの創設者で会長も歴任した人物でいらっしゃいます。2013年にお亡くなりになりました。

 本作は内海賢二さんをよく知る人々にインタビューするドキュメンタリー映画ではありますが、インタビュアーはインターネット上のニュースサイト・アニメイトタイムズの記者という設定であり、インタビューの場面以外の場面、即ちアニメイトタイムズの編集部の場面等は劇映画となっています。つまり2015年の映画『帰ってきたヒトラー』に似た構成と言えます。

 更に映画の構成をご説明致しますと、映画の序盤では1917年から始まる日本アニメの歴史が紹介されます。私も物事を語る時はまず歴史から入りますので、この構成を高く評価致します。そして日本アニメの歴史が1960年代のテレビアニメ隆盛期に至ると、1963年に声優としてデビューした内海さんの個人史とアニメの歴史が融合し、以降、本作で取り上げる歴史は内海さんの個人史であると同時にアニメの歴史・声優の歴史にもなるのです。例えば、1988年に「磯野波平ただいま年収164万円」という雑誌記事が発表され、1991年に声優が待遇改善を求めるデモ行進を行ったという事件は、内海さんの個人史であると同時に声優の歴史でもあった訳です。それに加えて、インタビューでは、例えば声優の野沢雅子さんが、海外ドラマに登場する少年の台詞を女性声優が吹き替えた経緯を語る等、内海さんの個人史に留まらず声優全体の歴史の記録となっています。

 以上、本作のインタビューでどのよう話が語られたかをご紹介しましたが、私が特に感銘を受けましたのは、本作のテーマと、2013年の映画『永遠の0』のテーマが共通していると感じられたことです。『永遠の0』のテーマは、太平洋戦争を経験した世代が健在な内に太平洋戦争の体験談を聞くべきであるというのがテーマでしたが、『その声のあなたへ』のテーマは、昔の声優業界を経験した世代が健在な内に昔の声優業界の話を聞くべきであるというのがテーマであったという印象を受けました。それを象徴するのが、映画の序盤で紹介された声優の中村正さんです。中村さんは、声優養成所で自身の代表作である『奥さまは魔女』のナレーションを実演したが生徒はどうやら『奥さまは魔女』を知らなかったようであるというエピソードをおっしゃり、2019年にお亡くなりになったことが紹介されました。本作の劇映画としてのストーリーは、中村さんの死が、内海さん関連の取材のきっかけとなったように描かれています。

 という訳で本作の結論を申し上げますと、昔の声優業界を経験した世代のインタビューが、貴重な歴史的記録となっていると言うことが出来ます。